第18話 親父の心配事と初めてのクエスト
◇◇◇
ヴォルア王国、辺境の地にあるフェベク村。
そこには新鮮な狩猟肉を販売する人気の肉屋があった。
ウルリッヒ精肉店の店主ヴォルフは、販売用の肉を切り分けていく。
息子のアステルが上京したため、店を一人で切り盛りしていた。
「冒険者試験は問題ない。アステルなら軽く受かる。それどころか、Fランクからのスタートを変えるかもな。狩猟だけでいえば、すでにAランク冒険者でも比較にならん」
次々と肉を切っていくヴォルフ。
「しかし、冒険者はモンスターの狩猟だけじゃない。アステルの腕なら、ギルドも早々にやらせるかもしれん」
ヴォルフは現役のAランク冒険者だ。
今でこそ地元に戻って肉屋を経営しているが、若い頃は王都で活動していた。
冒険者ギルドのことはよく知っている。
「こればかりは経験させることができなかったからな。アステルの実力は申し分ない。あとは心理面だ。アステル自身が乗り越えなければならない。冒険者を続けるならば、絶対に避けては通れない道だ」
切り分けた肉を棚に並べていく。
「だがな、アステル。そうやって初めての経験をして、何度も壁を乗り越えて、一人前になっていくんだ」
◇◇◇
俺は勢いで家を買った。
価格は三千万ルトという超大金だ。
その金はネームドを狩猟して手に入れた。
「まあ、偶然遭遇しただけだし、言ってしまえば泡銭だしな。はは」
むしろ家賃のことを考えなくて済むわけだから、購入して正解だった。
なにより、親父が言っていた人助けになったと思う。
今日は家の引き渡し日だ。
家の場所は王都の中心部から少し離れている。
そのため静かで田舎者の俺にとって落ち着く環境だった。
「実家よりも広くて綺麗なんだけど……」
家は石造りの二階建てで、想像以上に綺麗で立派だ。
しかもビルデさんは家具を用意してくれていた。
おかげですぐに生活できる。
「これが一人暮らしってやつか」
俺は広いキッチンで夕食を作り、リビングで飯を食い、風呂に入った。
初めての一人暮らしの夜に緊張するものの、いつでもどこでも寝られるのは俺の特技だ。
ベッドに入りすぐに就寝した。
***
翌日、俺は朝からギルドへ向かい、ロビーでクエストボードを眺めた。
「お、おい、あいつだ!」
「一人でネームドを討伐したんだろ?」
「そうだ。あいつのために新ランクができたらしい」
周囲の声が聞こえる。
目立ちすぎると前みたいに陰口を叩かれてしまうのだが、目立つなと言うほうが無理だ。
「まあ仕方がない。それらを含めてSランクってことだしな。うん」
俺はポジティブに捉えることにした。
ギルドの期待に応えられるように頑張るしかない。
そのためにも、俺にとって記念すべき初クエストは重要だ。
「自分で選んだ初めてのクエストになるからな。しっかりと選ぼう」
ボードに貼られたクエスト依頼書を見ると、遠方で時間がかかる内容が多かった。
俺はまだクエストで使用するキャンプ道具を持っていない。
というか、クエストの道具一式のことを考えてなかった。
家を買ったことで、キャンプ道具を買う金がない。
「ひ、日帰りで行けるクエストにしよう。はは」
クエストボードの中から一枚選んで、受付のセリアさんに提出した。
「このクエストでお願いします」
「アステルさん! Sランクおめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「事務局でも凄く話題になってますよ」
「恥ずかしいなあ」
「今回はこのクエストですか?」
「はい、日帰りで行きたいので」
セリアさんが依頼書に視線を落とした。
「え? 日帰り? い、いや……」
「ど、どうしました?」
「これ、赤斑蛇竜ですけど……」
「はい! これなら日帰りで行けるかなって!」
「い、いや、そんな爽やかに言われても……。赤斑蛇竜ですよ? しかもお一人で行くんですよね?」
セリアさんの額に汗が滲んでいた。
赤斑蛇竜はAランクの大型蛇類モンスターだ。
毒の強さはモンスターの中でも最強レベルと言われている。
触れただけでも死ぬほどだ。
だが、俺は実家の山で何度も狩猟していた。
こいつがいると、安心して狩りができないからだ。
「アステルさんはSランクですから、もちろんこのクエストには行けます。ですが、一人ではあまりに危険かと……」
「大丈夫です。何度も狩猟してますので」
「え? 何度も? 初めてですよね?」
「あ! そうですそうです! 初めてなんです! ははは」
危うく墓穴を掘るところだった。
笑ってごまかすしかない。
俺は無事に受注の手続きを終え、ギルドを出発した。
***
王都を北上して、平野部から山間部に入る。
この付近で赤斑蛇竜が目撃されたという。
放置すれば間違いなく死人が出る。
犠牲者が出る前に狩猟するのも冒険者の仕事だ。
「この痕跡は……。よしよし、さっそく見つけたぞ」
森に入ってすぐに赤斑蛇竜の痕跡を発見した。
地面を這ったことで不自然に擦れた落ち葉、僅かに粘り気のある体液、何より独特な毒の臭いで比較的容易に分かる。
痕跡を辿ると赤斑蛇竜の巣を発見した。
巨木の根元に掘った巣穴の中でとぐろを巻き、シャーシャーと唸りながら、二つに分かれた舌を出し入れしている。
赤斑蛇竜の体長は、人の身長の五倍以上もある。
そして身体の太さは成人男性の胴体よりも太い。
身体に巻きつかれれば全身の骨が砕けて死ぬし、噛まれても毒で即死だ。
最も厄介なのは、赤斑蛇竜は生物の体温を感知する。
気配を消しても体温だけはどうにもならない。
森の大量虐殺という恐ろしい異名通り、周囲の生物を殺しまくる。
だが、森は狩猟道具の宝庫だ。
俺は周囲を見渡す。
巣から少し離れた場所に、大木の赤古木を発見した。
「あったあった、赤古木だ」
赤古木は木の密度が高く、赤斑蛇竜の温度感知を遮断する。
俺は剣を抜き、上段斬りで木の幹を板状になるように削いだ。
ナイフで形を整える。
「こんなもんだな」
その板に身体を隠し、赤斑蛇竜に接近していく。
これで温度感知はできない。
「気づかれなければ、ただの蛇」
俺は物音を立てないように巣穴に接近して、剣で一気に赤斑蛇竜の眉間を貫いた。
「よし、狩猟完了」
赤斑蛇竜の身体をロープで縛る。
今回は解体局に運搬を依頼しているため、後処理は全て解体師が行ってくれる予定だ。
俺が赤斑蛇竜のクエストを受注した理由は二つある。
過去何度も狩猟していて慣れていること。
そして、もう一つがキノコだ。
赤斑蛇竜は、鋭い牙で大木に空洞を掘って巣としている。
その根元の土中には、かなりの確率で黒森茸が埋まっていた。
このことは多分誰も知らない。
俺が発見した法則だ。
この黒森茸はマジで旨い。
俺の好物の一つだった。
「それにしても、自分で運ばなくていいってめっちゃ楽だな。そうだ、解体師さんにも黒森茸をお裾分けしよう」
俺はナイフで木の根を掘り、黒森茸を二つ採取した。
解体師用の目印を置き、『黒森茸をどうぞ』と書いたメモと一緒に一つ置く。
全てを終えた俺は、ギルドに帰還した。
「え? も、もう帰還されたのですか? まだ夕方にもなってないんですけど……」
受付に行くと、セリアさんが驚愕の表情を浮かべていた。
「いやー、なんか楽な個体だったみたいです。はは」
「Aランクに楽な個体なんていません……。赤斑蛇竜はみなさん命懸けだって仰ってますよ?」
「う、運が良かったのかなって。ははは」
「で、でも、アステルさんですからね。常識が通用しませんものね。ふふ」
なんだか褒められているとは思えないが、納得してくれたようだ。
そのままクエスト完了の手続きを終えた。
報酬の精算は明日になるため、俺は一旦帰宅した。
***
翌日の午後、俺はギルドへ顔を出し、昨日の報酬を受け取った。
上級クエストの報酬と素材代は、一人だと恐ろしいほどの金額になる。
想像以上の金額に汗が止まらなかった。
「稼げるのはいいんだけど、逆に怖いな……」
話を聞くと、上級の狩猟クエストともなれば、かなり時間がかかるらしい。
狩猟専門のパーティーでも多くて月に五、六回が限度だそうだ。
「親父のやつ、やっぱりおかしかったんだよ……」
毎日休みなく狩猟するなんて異常だった。
「まあ、過ぎたことは仕方がない。飯でも食って帰るか」
俺はギルドの食堂へ移動し、少し早めの夕食を取ることにした。
王都に来てからいくつかのレストランを回ったが、ギルドの食堂はかなり安いことに気づいた。
「自炊しなくても、毎日ここで食えばいいかもなあ。はは」
飯を食い終わり、ブドウジュースを飲む。
酒はまだ飲んだことがないし、今のところ興味もない。
「それにしてもな……」
俺はテーブルの上に報酬が入った革袋を置く。
ジャリッと金貨が擦れる。
俺は腕を組みながら、天井を見上げた。
「上級クエスト凄過ぎるだろ。こんなの毎回家買えちまうぜ」
「買えませんけどね」
「そりゃそうか。でももう買ったからいいけど」
「え? 家を買ったんですか」
「う……ん……。え?」
俺、誰と会話をしてるんだろう……。




