第17話 新時代の冒険者
翌日、俺はギルドへ顔を出した。
そのまま人事局長室へ向かう。
ベルマーさんと挨拶を交わし、ソファーに座る。
「アステル君。君の対応が決定したよ」
「は、はい」
ベルマーさんが両手を膝に置き、笑みを浮かべている。
「君の実力は申し分ない。全てにおいて規格外だ。だから、ギルドは君に新しいランクを用意した」
「新しいランク……ですか?」
「一度も通常クエストに出ていない君ではあるし、異例中の異例だが、ギルド上層部は満場一致で認定したよ」
ベルマーさんがテーブルに書類を置いた。
「Sランクだ」
「Sランク? それはどういう……」
「Aランクを超えるランクだ。数百年のギルドの歴史で初めてのことだぞ」
「ええぇぇ! Aランクを超えるんですかっ!」
「そうだ。これまでの最高だったAランクのさらに上だ」
Aランクの上……。
確かにネームドは狩猟した。
しかし、一度もクエストに出ていない新人の俺が、そんな凄いランクでいいのだろうか?
「ただ、いいことばかりでもないんだ」
「ど、どういうことですか?」
「今後精神的に乗り越えなければならないこともある。それに否応無しに注目される。若い君にはプレッシャーになるかもしれない」
ベルマーさんが冒険者カードを取り出した。
確かにSランクと記載がある。
「それでも君なら問題ないと思っている。これはギルドの期待でもあるんだ。だから――」
ベルマーさんが息を吸った。
真剣な目つきではあるが、口元は優しく緩んでいる。
「新時代の冒険者として、ギルドの発展に協力してほしい」
「し、新時代の冒険者……。わ、分かりました。頑張ります」
俺はカードを受け取った。
ただの田舎者が、いきなりこれほどの大役を担うことになってしまった。
だが、せっかく選んでくれたんだ。
気を引き締めていこう。
「さて。ではネームド討伐報酬も支払うよ。冒険者の醍醐味の一つだぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
「よっと」
ベルマーさんがテーブルに革袋を置いた。
ジャリッと金貨が重なる音とともに、重さで少し傾く。
肉の販売で金のやり取りをしていた俺には分かる。
中身は大体三百枚といったところだ。
ということは、三百万ルト。
大金なんてものじゃない。
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「討伐報酬と素材代金を含めて三千万ルトだ」
「ほ、本当に三百万だった……。す、凄すぎます……」
俺は革袋を見つめた。
ん?
あれ?
「え? 三千……。さ、さささささ、三千万っっ!! ええええええぇぇっっっっ!!!!」
思わず絶叫してしまった。
三千万ルトなんて大金は見たことも聞いたこともない。
「高額になると、十万ルト金貨を使うんだ。三百枚入っているよ」
「さ、三千万ルト! な、ななな、なんでそんな大金なんですかっ!」
「何でと言われても、ネームドだからとしか言えない――」
ベルマーさんが頷きながら、握った右拳で左掌を叩いた。
「なるほど。君の驚きが分かったよ。今回の報酬は、アリシア君たちの意向を汲んでいる。全額君に渡すことは知っているだろう?」
「は、はい」
「普通はパーティーで受けとって分配する。ネームドにもなると、大体どのパーティーも四人から六人くらいで狩猟するんだ」
「四人から六人……」
「だからネームドを狩猟しても一人分はそれほど多くない。だが、君はソロだ。そもそも、狩猟クエストをソロで行く冒険者なんていないんだよ。だから君の報酬は必然的に高くなる」
どうやら、報酬は分配することが当然のようだ。
当たり前のことだが、一人で狩猟に行けば全て一人で受け取る。
とはいえ、三千万ルトなんて大金は想像以上だ。
「そんな大金……、どうすればいいんですか?」
「貯金をするなり、装備を揃えるなり好きに使えばいい。装備は上を見ると本当にキリがないからな。しかし、無駄遣いはダメだぞ?」
冒険者の装備は高額だ。
命を守る物だし当然だろう。
とはいえ、三千万ルトなんて大金は、使いきれるようなものでもない。
「ど、どうしよう……」
ひとまず書類にサインして金を受け取る。
そして、俺はギルドを後にした。
「ヤバいぞ。緊張する」
金を入れたバッグを胸に抱える。
三歩歩いて周囲を見渡す。
完全に不審者だが、不安で仕方がない。
こんな大金を持ち歩いたことなんてないのだから。
「と、とりあえず、予定通りビルデさんのところへ行こう」
俺はそのままビルデさんの不動産屋へ向かった。
***
「ふう、ふう。大丈夫か? うん、大丈夫だ。やっと着いたぞ」
前回の五倍くらいの時間がかかりながらも、不動産屋に到着した。
「母さん! いい加減にしてくれよ!」
「ダメじゃ。あの公園は手放せん。子供の未来のためじゃ」
「資金繰りが厳しいんだよ! このままだと会社が潰れちまう!」
「それでもダメじゃ。お父さんと一緒に作った公園じゃ」
「親父は五年前に死んだんだぞ! 思い出なんかより会社のほうが大切だろ!」
店の中から言い争う声が聞こえた。
「このティーセットも売るぞ!」
「そ、それは父さんの形見じゃ!」
「すぐに金が必要なんだよ!」
「それだけはダメじゃ!」
「ちっ! また来る! それまでに金がなければこれも売るからな!」
荒々しい音を立てて、扉に向かってくる足音が響く。
俺は壁に身を隠した。
不動産屋のおじさんが、扉を強く開けて出ていった。
どうやら親子喧嘩のようだ。
少し時間を置いて、俺は店に入った。
「おお、アステルか。いらっしゃい」
「ど、どうも」
ビルデさんは何事もなかったように笑顔を見せている。
ソファーに座ると、高級なティーカップで紅茶を出してくれた。
「アステルや。約束通り家を貸すぞ」
「あ、ありがとうございます」
「昨日、冒険者ギルドに問い合わせたのじゃ。そしたら、モンスターどころかネームドの討伐というじゃないか。あたしゃもう本当に驚いての」
ビルデさんが書類一式をテーブルに置いた。
賃貸の契約書類だ。
「月五万ルトでどうじゃ?」
王都の一軒家をこの金額で借りられるなんて破格だろう。
だが、ビルデさんは絶対無理している。
だったら――。
「あのー、この家買いたいんですけど」
「はあ? 何を言っとる?」
「売ってくれませんか?」
「ふ、ふざけるのもいい加減にせい!」
「ふざけてなんかいません! 俺、さっきの話を聞いてしまいました!」
「お、お主……」
俺は契約書類を手に取り、ビリビリに破った。
「俺がこの家を買えば、ビルデさんはすぐに金が用意できます!」
「し、しかし、家じゃぞ。いくらすると思って――」
「金ならあります!」
バッグから革袋を取り出し、テーブルに置いた。
「三千万ルトです! これで家を売ってください!」
「な、なんじゃと!」
「これはネームドを討伐した報酬です! こんな大金、俺には使い道が分かりません! それに王都で本格的に冒険者として活動するなら、家があったほうがいいと思うんです!」
「じゃ、じゃが……」
「売ってください! お願いします!」
俺は叫びながら、深く頭を下げた。
しばらく沈黙が流れる。
紅茶の香りが部屋に広がるほどの時間が経った。
「い、いいのか?」
「もちろんです! 王都に家を買うのは夢でした!」
正直、家を買うなんて考えたこともなかったが、ビルデさんに決断してもらうための嘘だ。
「わ、分かったのじゃ……」
ビルデさんが声を絞り出した。
「お主に売るよ」
「ありがとうございます!」
「しかしな、アステルや。この家の価格は二千万ルトなんじゃよ」
「三千万でいいです。俺はこれからもっと稼ぐので問題ありません」
俺はもう決めた。
この家は三千万ルトで買う。
「価値を決めるのは俺です」
「まだ家を見てないじゃろ……」
「いいんです! 俺が三千万の価値があると決めたんです!」
俺は気持ちを落ち着けるように、ティーカップを手に取り口をつける。
高級ティーカップで飲む紅茶は旨いことを知った。
「俺、このティーカップで飲む紅茶が好きです。だから、このカップでまた飲ませてください」
「ア、アステル……」
ビルデさんの瞳から涙が溢れている。
「う、うう。ありがとう……。ありがとう……」
「実は急に大金を貰っちゃって、どうしていいか分からなくて。いい買い物ができました。あはは」
「ありがとう……ありがとう……」
俺は十八歳で家を買った。
でも後悔はない。
金なんてまた稼げばいい。
「親父、これでいいんだよな」
なんとなく、あの無愛想な親父が微笑んでいるように感じた。




