第16話 判明した異常な過去
「じ、実は大爪豹獣は小さい頃から何度も狩猟しています」
「え? 小さい頃から?」
「初めて大爪豹獣を狩猟したのは……十歳の時です」
「十歳? 狩猟を見学していたの?」
「いえ、もうその時から一人で狩猟していました」
「はい?」
アリシアさんが真顔で首を傾げた。
額から一筋の汗が流れている。
その隣で黙って話を聞いていたハイリッヒさんが、突然両手でテーブルを叩きながら立ち上がった。
「待て待て待て待てっっ!! お前は十歳の時にっ! 一人で大爪豹獣を狩猟したというのかっ!」
「は、はい、そうです。あの時はさすがに死ぬかと思いましたが、それでも狩猟しました。ですから、今の俺が負けるわけないと……」
「マ、マジかよ……。信じられん……。だが……」
呟きながら、ソル・デルクルの死骸を見つめるハイリッヒさん。
アリシアさんが無理やりハイリッヒさんを座らせた。
ハイリッヒさん自身、立ち上がったことに気づいてなかったようだ。
「ねえ、アステル。あなた、いつから狩猟していたの?」
「初めて狩猟に連れていかれたのは八歳でした。そこから数ヶ月、親父から色々と教わりました。で、ある日突然一人でやれって、武器と一緒に山に放置されて……」
「す、凄いお父様ね……」
さすがにアリシアさんもドン引きしている。
誰だって信じられない話だろう。
「あなたの異常な成績の意味が分かったわ」
アリシアさんが俺に微笑んでくれた。
こんなに綺麗な人は、これまで見たことがない。
でもちょっと怒っているような気がするのは気のせいだろうか。
「アステル」
「は、はい!」
「申し訳ないけど、スカウトの話はなかったことにしましょう」
「え⁉ ……わ、分かりました」
「それじゃあ、一旦ギルドに戻るわよ。死骸を回収したり、色々と手続きがあるの。あなたはその不動産屋さんに報告だけして、その後私たちにつき合いなさい」
「はい……。分かりました……」
俺たちはそのまま森を出た。
「はあ……、やっぱダメだったか……」
せっかく最強パーティーからスカウトしてもらったけど、やっぱり断られてしまった。
俺はソル・デルクルの死骸を思い返した。
「そうか……。真っ二つにしたからダメだったんだ……」
そういえば昔、獲物に無駄な傷をつけすぎと親父に怒られたことがある。
必要最低限の傷で狩らないと商品にならないと、何度も言われたものだ。
「親父の言う通りだった。それに、普通に考えれば分かることじゃないか」
いくらネームドだろうが、狩猟した後のことを考えなければいけない。
アリシアさんたちのようなギルド最強の冒険者なら、ネームドだろうがスマートに狩猟するだろう。
「くそ……」
正直めちゃくちゃ悔しい。
そんな基本的なこともできないようじゃ、この先冒険者としてやっていけないだろう。
「もっと鍛えて、絶対に認めてもらうんだ」
俺は拳を強く握り、心に誓った。
◇◇◇
街道を歩くアステルの後ろで、ハイリッヒがアリシアに耳打ちした。
「おい、アリシア。勝手にスカウトを断るなよ。帰ったらリーダーに怒られるぞ?」
「問題ないわよ。むしろ納得するわ」
「なんでだよ」
「簡単なことよ。あなた、想像できない?」
「もったいぶるなって」
小さな溜め息をつくアリシア。
「あの子を入れると、私たちが足手まといになるのよ」
「うっ……」
アリシアの言葉に、ハイリッヒは何も言い返せない。
「そうだな……。その通りだ……」
「私たちが全く役に立たないなんて耐えられる?」
「無理だ。恥ずかしくて死にたくなるぜ」
「そうでしょう?」
アリシアは、アステルの背中を見つめた。
「私、悔しいのよ」
「お前が嫉妬か?」
「ええ。私、あの子に負けたくない。もっと……、もっと本気で鍛えるわ」
「分かった。俺もつき合う。俺だって悔しいしな」
エリーザとオズウェルも頷き、二人に同意した。
先を歩くアステルに、必ず追いついてみせると誓う四人のAランク冒険者だった。
◇◇◇
王都に戻った俺はハイリッヒさんたちと別れ、取り急ぎビルデさんの不動産屋へ走った。
「モ、モンスターだって⁉」
「はい。討伐したので、もう公園は大丈夫です」
肉食動物ではなくモンスターがいたことと、すでに討伐したことを伝えた。
「それじゃあ、報酬を支払わないと――」
「報酬? いえ、大丈夫です!」
「そうはいかんじゃろ」
「あ! 俺、ギルドへ行かなくちゃいけないので、また来ますね!」
家のことは後日相談することにして、俺はすぐにギルドへ向かった。
アリシアさんたちを待たせるわけにはいかない。
ギルドに到着すると、いつもの受付のお姉さんに人事局長室へ案内された。
部屋には局長のベルマーさん、アリシアさん、そして三十代くらいの女性がいた。
「解体局長のレイア・フォースハイトだ。よろしく、アステル」
「か、解体局長! よ、よよ、よろしくお願いします!」
女性は解体局長だった。
レイアさんと握手を交わし、ソファーに腰を下ろす。
ベルマーさんが全員を見渡した。
「報告を受けたんだが、なんというか……信じられんのだよ」
「そうですね。試験に合格したばかりの新人冒険者が、たった一人でネームドを討伐したわけですから」
ベルマーさんの言葉にレイアさんが頷く。
ギルドでもめちゃくちゃ偉い局長の二人が、俺の討伐を驚いていた。
「レイア局長。解体師の派遣を頼めるか?」
「すでに解体師を派遣しています。ソル・デルクルの素材は、いつも通りうちが査定します」
「そうか、ありがとう」
ベルマーさんが書類の束をテーブルに置いた。
クエスト依頼書と書いてある。
「アリシア君たちに依頼していた討伐報酬に関してなんだが――」
アリシアさんたちがギルドに来た理由は、ソル・デルクルの狩猟だった。
そりゃ俺のスカウトだけで来るわけがない。
アリシアさんが、ベルマーさんの言葉を遮るように手を挙げた。
「ベルマーさん。報酬の件ですが、私たちに支払うはずだった報酬は、全額アステルに支払っていただけませんか?」
「しかし、君たちを呼んだんだ。タダで返すわけには――」
「構いません。獲物を横取りされるほうが悪いのです」
アリシアさんは真顔だ。
氷のような表情で、めちゃくちゃ怖い。
横取りと言っているし、やっぱり怒っているのだろう。
「まあ、君たちがそれでいいなら、そのように手配しよう」
「では、解体局から支払う素材代もアステルでいいのかな?」
レイアさんの言葉にアリシアさんが頷く。
「Cランク冒険者が、Aランクの報酬を受け取るなんて前代未聞だぞ。これは局長案件として特例にするしかないな」
ベルマーさんが溜め息をつきながら、苦笑いを浮かべていた。
二人の局長が書類にサインをして、秘書に手渡す。
どうやら俺が報酬をもらえることになったようだが、いいのだろうか。
「アステル君。君の対応は明日伝える。報酬はその時でいいかな?」
「は、はい。それでお願いします」
「じゃあ悪いが、また明日来てくれ」
「はい。ありがとうございました」
これから偉い人たちで話し合いをするのだろう。
俺はお礼を伝えて局長室を出た。
「はあ。色々あった一日だったな」
すでに夕焼けが始まっている。
俺はどこへも寄らず、そのまま宿へ向かった。
◇◇◇
アステルが退出した局長室。
秘書がコーヒーをテーブルに並べた。
「さて、本当にどうすべきか。困ったな」
ベルマーが眉間にしわを寄せながら、湯気が上がるカップを手にする。
アリシアもカップにそっと口をつけた。
一息ついて、カップをソーサーに置く。
「ご存知の通り、ネームドの討伐はAランク限定案件です。それをCランクの新人冒険者が討伐してしまったのですから、放置すればランク制度の根幹を揺るがします」
「何が言いたいのだ?」
「アステルをAランクにするしかないでしょう」
「そうはいっても、まだ一度も通常クエストへ行ったことがない新人だぞ。それをAランクにするなんて、それこそランク制度が破綻する」
「しかし、私たちから見てもアステルは異常です。正直に申しますと、Aランクにも収まらないレベルかと思います」
二人の話を聞きながら、レイアが腕を組む。
ランクについてよりも他に心配事があった。
「今回、アステルが手にする報酬も莫大です。十八歳の少年が手にする金額ではありません」
三人は議論を重ねるが結論が出ない。
それほどアステルの存在は異質だった。
「何を揉めている?」
凛とした声が部屋に響く。
全員が扉に視線を向けた。
秘書は驚き、焦りながらその場で深く頭を下げる。
三人はすぐに立ち上がった。
「マ、マスター!」
姿を見せたのはギルドマスターだった。
◇◇◇




