第15話 バカげた狩猟
「え?」
突然怒鳴られたアステルは困惑の表情を浮かべる。
だが、ハイリッヒたちには、精神的にも時間的にも余裕がない。
「この先にモンスターが出るんだよっ! すぐに帰れっ! 邪魔だっ!」
もし余裕があれば、将来有望なアステルも連れて行っただろう。
戦闘はせずとも、格上のモンスターとの戦いを見ることは経験になる。
だが、今回は危険極まりないネームドだ。
ハイリッヒといえども、アステルを守りながら戦うことは難しい。
「そ、そうだったんですね。さっき大爪豹獣を見かけたので狩猟しましたが、他にもいるとは……。すぐ帰ります」
「「「「えっ⁉︎」」」」
四人が同時に声を出した。
「ま、待てっ! 大爪豹獣だと?」
「はい。知り合いに頼まれてこの公園を調査していたのですが、大爪豹獣に突然襲われたので狩猟しました。あのまま放置したら、王都も危なかったかもしれません。あ、でも、皆さんがいるから大丈夫なのか」
呑気に話すアステルに対し、真剣な表情を浮かべるハイリッヒ。
「襲われた? その割には、お前無傷じゃねーか?」
「大爪豹獣はこれまで――。あ! い、いえ、その……。運が良かったかなあなんて。あはは」
アステルにとって、冒険者になる前にモンスターを狩猟していたことは極秘事項だ。
誤魔化すしかなかった。
一方、真剣な表情でアステルを見つめるアリシアは、アステルの言葉に嘘がないどころか、何かを隠していると察知した。
「ねえ、アステル。狩猟した大爪豹獣はどうしたの?」
「そのまま放置しています。ギルドの解体局に運搬を相談しようと思っているんです」
「その場所へ案内しなさい」
「え? は、はい」
アリシアは、この状況をほぼ理解した。
大爪豹獣は縄張り争いが苛烈だ。
そのため、同じ森に二頭出現することはあり得ない。
つまり、アステルが狩猟した大爪豹獣は、ネームドのソル・デルクル以外にないということだ。
アステルの案内で、大爪豹獣の死骸に到着した。
「し、信じらんねえ……」
「真っ二つって……」
ハイリッヒとアリシアは、死骸を見て言葉を失った。
四人はしばらくの間、無言のまま大爪豹獣の死骸を確認する。
アリシアが立ち上がり、三人を集めた。
「骨格、筋肉、爪、牙、全てが異常発達しているわ。間違いないでしょう」
「ああ。こりゃソル・デルクルだ」
「ねえ、あの切断面を見た? 異常なほど滑らかだったわよ」
「そうだな。しかも、何が恐ろしいって他に傷がないんだ。まさかとは思うが……」
四人とも額に脂汗をかいていることに気づかない。
冷静を装っているが内心は混乱している。
「ええ、アステルはたった一撃でソル・デルクルを両断したのよ」
アリシアが結論を出した。
剣を最も得意とするハイリッヒが、同じく剣の達人であるアリシアを見つめる。
「アリシア。お前、ソル・デルクルを一撃で真っ二つにできるか?」
「無理に決まってるでしょう。そもそも通常種ですら両断なんて無理だもの。一撃なんてできるわけがないわ」
「まあ、そうだよな……。俺の全力でも無理だ……」
状況をよく分かっていないアステルは、四人の様子をぼうっと眺めていた。
(この子の気の抜けた表情、まるで他人事じゃない。呆れちゃうわね。自分が何をしたのか、まるで分かってないんだから。本当に信じられないわ)
アリシアはアステルの他人事の態度を内心で可笑しく感じつつも、表情を崩さず厳しい視線を向けた。
「アステル。状況を報告しなさい」
「は、はい!」
報告は狩猟クエストの基本の一つだ。
今回はクエストではないが、アステルはここまでの流れを細かく説明した。
「肉食動物の調査に来たらソル・デルクルを討伐した。こんな話、信じられる?」
「無理だね。小説でももっとマシな物語を作るさ」
「しかもこれ、クエストじゃないのよねえ」
「ああ、バカげている」
四人の会話の意味が全く理解できないアステルは、きょとんとした表情を浮かべている。
直前にネームドを討伐した者の顔じゃないと、アリシアはついに吹き出してしまった。
「ふふ、まったくもう……。アステル、状況を説明するわね」
アリシアは森に設置されたテーブルを指差した。
そこで話をするつもりだ。
◇◇◇
俺はアリシアさんたちとテーブルに移動した。
「アステル。固有名保有特異種は知ってる?」
「もちろんです。試験に出ましたから」
「見たことはある?」
「いえ、ないです」
「ふーん……」
呆れたような表情を浮かべるアリシアさんの視線は、大爪豹獣の死骸に向けられていた。
そしてもう一度俺の顔を見つめる。
そのあまりの美しさは、オーラとでもいうのだろうか、無言の圧力をさらに増幅させていた。
「な、なな、何でしょうか……?」
俺は耐えかねて声を発した。
「あなたが倒したあの大爪豹獣はね、ソル・デルクルという名なのよ」
「ソル・デルクル? えーと……」
「名前の意味は闇の光跡。これまで千人以上を殺している凶悪なモンスターなの」
「え! そんなヤバい奴だったんですか! しかも名前があるなんて……。ネームドみたいですね」
「そうよ。ネームドだもの」
「ん? ネームド……。あ、あれ? ネームド? ネームドだって! まさかあれがっ! 嘘でしょっ!」
「嘘じゃないわよ」
「し、ししし、失礼しましたっ!」
驚きすぎてタメ口を利いてしまった。
俺はすぐに頭を下げた。
「ネームド……」
ネームドの存在は当然知っている。
しかし、一生遭遇することはない伝説のモンスターだと思っていた。
「ねえ、アステル。ネームドと戦ってどうだった? 正直に言いなさい」
「あの……。大爪豹獣にしては、やけに大きくて速いと思いました」
「え? それだけ?」
アリシアさんが、驚いたかのように瞳を大きく見開いている。
「は、はい」
「戦って勝てると思ったの?」
「その……、えーと……」
「正直に言いなさいって言ったでしょう?」
アリシアさんと話して分かったが、この人に嘘や隠し事は通用しない。
だったら正直に伝えて、なんとか許してもらえるようにお願いするべきだろう。
「あ、あのですね……、勝てると思ったというより、負けるわけがないので……」
「ど、どうしてかしら?」
俺は大きく息を吸った。
「正直にお伝えしますのでっ! どうかっ! どうかっ! どうかご内密にお願いしますっ! お願いしますっ!」
「ど、どうしたの急に?」
「バレたら実家の店が危ないんですぅ!」
俺は全力で頭を下げた。
親父の冒険者カードだけは守らなければならない。
もし失効なんかになったら、あの歳で地獄の試験を再受験できるわけがないからだ。
狩猟ができなければ、実家は廃業になってしまう。
「わ、分かったわ。約束は守るわよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺は覚悟を決めて、全てを話すことにした。




