第14話 不穏な森
「くっ!」
俺は咄嗟に剣を抜きながら振り返った。
「あっぶねー!」
剣と爪が衝突して、森にガキンッと鈍い音が鳴り響く。
振り返るタイミングが少しでも遅れていたら、俺の身体は切り裂かれていただろう。
「マジかっ! 大爪豹獣かよっ!」
眼前に迫っている三本の大爪を剣で弾くと同時に、右前方へ飛び込み、地面で前転しながら起き上がった。
「グゴオオォォ!!」
俺と対峙した大爪豹獣が、鋭い牙を見せながら咆哮を上げる。
全身を覆う美しい黄金の体毛に、禍々しい黒い斑点。
巨大な爪を持つ四肢。
垂直に立てた長い尻尾。
四足歩行でしなやかな肢体。
間違いなくBランクモンスターの大爪豹獣だ。
「ってか、こいつ異常にデカくないか?」
大爪豹獣の体長は人の三倍ほどだが、この個体はそれよりもさらに二回り以上大きい。
「速っ!」
目の前の大爪豹獣が姿を消した瞬間、俺の右側面から大爪を振り下ろしてきた。
辛うじて剣で防ぐ。
こんなものを喰らったら、上半身が消え失せる。
「グゴオオォォ!」
「な、なんだよこいつ!」
俺は咄嗟に背後へ飛び退いた。
だが、やられっぱなしの俺ではない。
「舐めんなよ!」
着地と同時に地面を蹴り、突きを放つ。
放たれた矢よりも速く、大爪豹獣の眉間を剣で狙う。
「なっ!」
大爪豹獣は巨体を大きく捻り、俺の突きをかわした。
俊敏性と柔軟性が尋常ではない。
「マ、マジかよ……」
「グゴォォ!」
着地した大爪豹獣は、唸りを上げて身を低くかがめた。
俺の呼吸を読み、一気に襲いかかるつもりだ。
「こいつ、強いぞ……」
俺は初めて大爪豹獣に遭遇した時のことを思い出す。
あの時はマジで死にそうになった。
「こんな奴がここにいたら、公園の子供たちは全員喰われる。それどころか王都だって襲うぞ」
そうなったら、何人の死人が出るか分からない。
今この場で狩猟すべきだろう。
俺が剣を構えると同時に、大爪豹獣が一直線に襲いかかってきた。
長い尾はまるで流星の光跡だ。
速い。
速いなんてものじゃない。
だが――。
「見えてんだよっっ!!」
俺は姿勢を低く構え、ロングソードを下段から上段へ振り上げた。
「グゴオオォォォォォォ!」
俺と交差した大爪豹獣は、空中で身体を捻り着地した。
この巨体で恐ろしいほどの身体能力だ。
「ふうう。だけどな、俺が大爪豹獣に初めて遭遇したのは、十歳の時なんだよ」
あの時は死にそうになりながらも、何とか狩猟した。
まあ原因は親父の変な武器なのだが……。
十歳で狩猟したのに、今の俺が負けるわけがない。
「グゴォッ!」
大爪豹獣が短い咆哮を上げると、上半身と下半身が徐々にズレていく。
そして、二つに分かれた身体は、ズンッと鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。
「ふう、しかし強かった。こんな大爪豹獣は初めてだ」
俺は両手を合わせ、大爪豹獣に祈りを捧げた。
「それにしても、このロングソードの切れ味はヤバいな。一切の抵抗を感じなかった」
俺は剣を身体の正面に構え、片目を閉じて刃を見つめた。
刃こぼれは一切ない。
「剣のことはよく分からないけど、本当に綺麗な剣なんだよな」
親父はいい値がつくと言っていたから、そこそこいい剣なのだろう。
俺は剣を鞘に納めた。
そして、森を見渡す。
「この公園に肉食動物が出た原因は、きっとこいつだったんだな」
まず、この大爪豹獣が、周辺地域の動物を食い荒らした。
そのことで食料に困った肉食動物が、この公園に来る子供たちを狙うために近づく。
その肉食動物すら食い尽くした大爪豹獣自身が、この公園に来たというところだろう。
もう少しタイミングが遅かったら、大惨事になっていたはずだ。
「狩猟できてよかった」
俺は大爪豹獣の死骸に目を向けた。
通常よりも遥かに大きな個体を真っ二つに斬ってしまったので、持ち帰ることは無理だ。
「ギルドへ帰って、解体局の人に相談してみよう」
解体局は狩猟したモンスターを解体して運搬する。
今回はクエストではないが、金を払って依頼すれば運搬してくれるはずだ。
「さて、まずはビルデさんに報告だ。もう大丈夫って安心してもらわなきゃ」
俺は森の遊歩道を進み、出口へ向かった。
◇◇◇
冒険者ギルドの生物局。
主に生物全般の研究や管理を行うことで知られている。
その局長室の主であるドレアス・ヴァンガーが、真剣な表情でソファーに座っていた。
対面に座るのは四人の男女。
Aランク冒険者ハイリッヒとアリシアと、さらに二人のAランク冒険者、エリーザ・ライルリッヒとオズウェル・イスムが合流した。
四人はギルド最強パーティーと呼ばれる『黄金の薫風』の一員だ。
「ハイリッヒ君。忙しいところをすまんね」
「いえ、別の用事もあったので丁度よかったですよ。はっはっは」
用事とはアステルの勧誘のことだ。
アリシアは姿勢を正し、ドレアスを真っ直ぐ見つめた。
「それで、ドレアス局長。私たちに依頼とは何でしょうか?」
「ああ、アリシア君。緊急事態が発生した。早急に対応したい」
「緊急事態ですか?」
「そうだ。大爪豹獣の痕跡が発見されたんだ」
「大爪豹獣? 何か問題でも?」
大爪豹獣はBランクモンスターだ。
非常に危険なモンスターではあるが、Aランクのアリシアたちに依頼が来るほどではない。
「ソル・デルクルだ。これから発表する情報だが、すでに村が一つ襲われた。犠牲者は三百人を超えている」
「ソル・デルクル……。ソル・デルクルですって!」
「うむ。固有名保有特異種だ。生物局で痕跡を辿ったところ、王都に近づいていることが確認された」
瞳を大きく見開いたアリシアは、衝撃で呼吸が止まった。
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「分かりました。資料をいただけますか」
「ああ、用意してある」
「すぐに行きます」
「よろしく頼む」
四人はそのまま局長室を出た。
◇◇◇
固有名保有特異種とは、種族の中から極稀に生まれる特別な能力を持った個体や、特別に進化した個体を指す。
街や国に厄災をもたらすほどの存在であり、識別するため個体に名前が付与されている。
◇◇◇
四人は資料を確認しながら街道を進む。
「まさかのネームドかよ。アステルの勧誘どころじゃなくなったな」
ハイリッヒがアリシアに視線を向けた。
「そうね、相手はソル・デルクルだもの。名前の意味は『闇の光跡』。五年前に三つの村を襲い、千人以上の犠牲者を出したわ。狩猟隊が組まれたけど、直後に姿を消した」
「また活動期に入ったのか。しかも今度は王都を狙ってるくせえな。俺たちでも苦戦するかもな……」
ハイリッヒの表情は真剣そのものだ。
自信家のハイリッヒだが、決して慢心せず正確に状況を判断する。
だからこそのAランクだ。
「俺が正面に立つ。アリシアは背後に回れ。お前ら二人は遠距離から狙ってくれ」
エリーザとオズウェルは弓を得意としている。
その弓を援護に、ハイリッヒとアリシアで挟み撃ちにする作戦だ。
「ソル・デルクルの名前は伊達じゃないわ。速いわよ」
「それでも何とかするさ。俺が引きつけるから、お前のスピードで斬ってくれ」
「分かったわ」
ハイリッヒは、自分のスピードではソル・デルクルについていけないと理解している。
アリシアなら辛うじて反応できるだろう。
そのため、自分を犠牲にしてでも、アリシアの攻撃を最優先させるつもりだ。
「無傷ってわけにはいかないな……」
誰にも聞こえないように小さく呟くハイリッヒだった。
***
王都郊外の森に到着した四人は、大きく息を吸いこむ。
「行くぞ」
ハイリッヒの号令に全員が頷く。
Aランク四人でも覚悟を決める必要があった。
整備された遊歩道を進む四人は、最大の警戒体制ですでに武器を構えている。
「ハイリッヒさーん! アリシアさーん!」
驚くべきことに、前方から人が走ってくる。
「あ、あの子! アステル!」
「あいつっ! 何やってんだよっ! 死ぬぞっ!」
焦るハイリッヒとアリシアに対し、アステルは呑気に手を振りながら笑顔で走り寄る。
「ハイリッヒさん! アリシアさん!」
「バカヤロー! こんなところで何やってんだよ! 今すぐ森を出ろ!」




