第13話 部屋探し
「朝の騒動には参った。スカウトは嬉しいけど……」
ひとまず俺はギルドを出た。
あの後、『黄金の薫風』の二人は、ギルドの偉い人と話があるとのことだった。
現役最強パーティーなのだから、色々と仕事があるのだろう。
そして、ラルフさんたちからも改めてスカウトされた。
試験のお礼は伝えたものの、こちらも保留させてもらった。
いきなりパーティー加入と言われても困ってしまう。
そもそも俺は、パーティーのことなんて何も考えていなかった。
長年一人で狩りへ行っていたせいだ。
「うーん、困った。というか、その前に家を探さないとな」
試験に受かった安心も束の間、次から次へとやることが増えていく。
俺は悩みながらもギルドに近い繁華街の不動産屋へ向かった。
店主のおじさんに希望を伝え、お勧め物件の資料を見せてもらう。
「た、高すぎる!」
家賃を見て目ん玉が飛び出した。
冒険者ギルドに近い区画の家賃は、どこも軽く月十万ルトを超える。
「家賃なんて数万ルト程度だと思っていました」
「ここは王都ですからね」
「い、一旦考えます……」
俺は不動産屋を出た。
もっと安い家賃の家を探すしかない。
もしくは、高い部屋に住んで頑張るか。
「死ぬ気でクエストへ行けば何とかなるかな……。うーん、どうしよう」
「お主、家を探しておるのか?」
突然女性の声が聞こえた。
しかし、姿は見えない。
周囲を見渡しても誰もいない。
「え? え?」
「下じゃ」
「うわっ!」
俺の足下に、お婆さんが立っていた。
身長は俺の腰くらいだ。
あまりにも近すぎて視界に入らなかった。
「びっくりしたあ。お化けかと思った」
「お、お主、人畜無害の顔をしながら失礼じゃな」
「あ、す、すみません。あは、あはは」
笑って誤魔化したが、お婆さんは呆れた表情を浮かべていた。
「で、お主は家を探しておるのか?」
不動産屋から出てきたのだから、俺の目的は知られているはずだ。
ここは王都で詐欺が多いと聞く。
親父にも犯罪には気をつけろと言われている。
俺は警戒した。
「いや、ちょっと様子を見ただけで……」
「安心せい。あたしゃ、この不動産屋のオーナーじゃよ」
「え? で、でも、さっきはおじさんでしたよ?」
「あれは息子じゃ」
突然店の扉が開いた。
「お袋! 何してるんだよ!」
騒ぎが聞こえたのか、さっきのおじさんが出てきた。
本当に息子のようだ。
「お前、この子にいい部屋を貸そうとしたんじゃろう?」
「そりゃそうだろ。お客様にはいい部屋を紹介する。当たり前だ」
「この子はどう見ても冒険者じゃ。多少の危険も大丈夫じゃろう」
危険とか無茶苦茶なことを言っている。
俺は普通の家に住みたい。
お婆さんが俺の腕を引っ張った。
「少年、あたしの店に行くぞ」
「え? ここじゃないんですか?」
「ここは表の店じゃ。あたしゃ、裏の不動産屋もやっておるのじゃよ。ひひひ」
「う、裏の不動産屋って……」
怪しいなんてものじゃない。
俺は助けを求めるように、おじさんに視線を向けた。
「まあ、お客さんが冒険者なら、そっちの店のほうがいいかもしれないよ」
「え? ちょ、ちょっと」
「話だけでも聞いてみるといいよ」
おじさんが勧めたことで、お婆さんはさらに力を入れて俺を引っ張った。
結局、俺はお婆さんに連れられて、近くにある別の店へ入った。
「あたしの名はビルデ。ここは趣味でやってる店じゃ。ほほほ」
「アステルです。一応冒険者をやってます」
自分で冒険者と名乗るなんて照れてしまう。
しかし、今後はこういった機会が増えるから、慣れていかなければならない。
「安い部屋ならたくさん紹介できるぞ。自殺、殺人、孤独死があった部屋は特に安い。どうじゃ?」
「い、いや、それは……」
「隣がマフィアの家はどうじゃ?」
「そ、それもちょっと……」
「安い家には理由があるんじゃて。まったく……、どんな家がいいんじゃ?」
「ギルドに近くて、広めの部屋がいいですね」
「かああ、最近の若者は贅沢を言い過ぎじゃ。ハングリー精神が足りん」
「うっ……」
確かにビルデさんの言う通りだ。
俺は王都で快適な生活を送るために来たわけじゃない。
都会に来て浮かれていたようだ。
「お主、いくつじゃ?」
「十八歳です。先日、試験に受かったばかりです」
「ド新人じゃないか。まだ報酬も少ないのに贅沢言うな。ここに住め」
ビルデさんが書類をテーブルに置いた。
家賃は三万ルトと記載がある。
「さ、三万! 安い!」
「寝るだけの部屋じゃが、駆け出しはそれで十分じゃ」
ビルデさんの言う通りだ。
もっと稼げるようになったら、いい家に住めばいい。
契約を決めた俺は、バッグから冒険者カードを取り出した。
冒険者カードは本人確認書類としても使用できる。
「ん? Cランクじゃと? に、偽物じゃないかっ!」
「え? ち、違います! 本物です!」
「んなわけあるかっ! 新人でCランクなぞあり得ん! あたしゃ五十年間冒険者を見てきたんだよ!」
「じゃ、じゃあ、この冒険者カードが本物って分かりますよね?」
ビルデさんが老眼鏡を取り出し、冒険者カードをもう一度確認した。
冒険者カードには様々な偽造防止が施されている。
「た、確かに本物じゃ……」
ビルデさんは目を見開いて、カードと俺の顔を何度も交互に見返していた。
「新人なのにCランクなんて、どうやって……」
俺は説明できる範囲で、Cランクを獲得した経緯を説明した。
「し、信じられん……。合格直後にCランクなんて……」
ビルデさんが気持ちを落ち着かせるように紅茶を口にした。
花柄のティーカップは、俺でも分かるほどの高級品だ。
「Cランク冒険者をボロ家に住ませるわけにはいかんのう。ふむ」
ボロ家に住まわせようとしていたのか……。
「空いてる一軒家があるのじゃが、お主なら安く貸してもいい」
「え? いいんですか?」
「貸す代わりに、一つ頼みたいことがあるんじゃ」
「頼みたいことですか?」
「そうじゃ。……お主、口は堅いか?」
この口調だと、秘密にしたい内容なのだろう。
俺は口が堅いと思う。
親友ミハークの秘密をたくさん知っているが、誰にも言ったことはない。
「はい、大丈夫です。秘密は絶対に守ります」
「うむ……。恥ずかしくて誰にも言ってないのじゃが、あたしは公園を持っていてのう。子供たちが自由に遊べる場所を造ったのじゃ」
「えっと……。それのどこが恥ずかしいんですか? とても素晴らしいと思うのですが?」
「バ、バカ! 金にならんことをやっているなんて、恥ずかしくて言えんわ!」
ビルデさんが顔を真っ赤に染めている。
まるで夕日に染まった雲のようだ。
「そ、その、なんだ。あたしなりに社会貢献というか、子供の未来というか……」
頬を染めたまま、小さな声でぶつぶつと呟くビルデさん。
ゆっくりとティーカップを口に運んだ。
「わあ、凄いですね。立派だと思います」
「と、投資じゃ。元気な子供が育って、お主のように冒険者になれば、うちの不動産屋も儲かるからの。オホン」
ビルデさんが咳払いして、紅茶を口に含んだ。
私財で公園を整備しているなんて本当に凄い。
今回俺は借家のことで依頼を受けるが、それがなくても協力できることがあればしたいと思う。
「で、その公園に、どうやら肉食動物が出没するそうなんじゃ。今は立ち入り禁止にしておる」
「公園に肉食動物? そんな街中に出るんですか?」
「街中ではない。まあ行けば分かる」
ビルデさんが、白紙に地図を描いてくれた。
「どんな動物が出るのか調査してほしいのじゃ。無理はしなくていい。状況次第で冒険者ギルドに依頼を出すからの」
「分かりました」
俺は紅茶を飲み干し、席を立った。
「じゃあ、さっそく行ってきますね」
「気をつけての」
「はい!」
俺は地図を手に、王都外れの公園に向かった。
***
「こ、公園? どこが?」
目の前には森が広がっている。
「なるほど、森ごと残しているというわけか」
森に入ってみると、明らかに人の手が入っていた。
遊歩道が整備され、所々にベンチやテーブルもある。
ピクニックや自然観察に最適な場所だ。
「確かに公園だ。これを個人で管理するなんて本当に凄いな」
どれほどの金がかかるか分からない。
それに、この土地が全てビルデさんのものということだ。
ひとまず遊歩道を進む。
木漏れ日は足下を照らし、時折吹く風が枝を揺らす。
小鳥の歌声は心を穏やかにしてくれる。
「ああ、気持ちいい公園だな。って、これじゃあ散歩だ。あはは」
さらに森の中へ進むと異変を感じた。
「ん?」
いつの間にか小鳥の鳴き声が消えている。
先ほどまで心地良いと感じていた枝の揺れる音が、一気に不穏な木々のざわめきへと変化した。
「あれは……」
樹齢数百年はあろう大木の幹に、大きな爪痕を見つけた。
三本の爪で深く抉られている。
幹の乾燥状態から、まだ比較的新しい傷だ。
木の幹で爪を研いだのだろう。
「うーん、こりゃ肉食動物なんかじゃないぞ」
確かに肉食動物は危険な生物だ。
狩りをしていると、獲物を横取りされることもある。
だが、本当に危険なのはモンスターだ。
やつらは人間を虫程度にしか思ってない。
冒険者や騎士でもなければ、間違いなく殺される。
いや、高ランクの冒険者だって簡単に死ぬ。
「これって、あれだよな……」
俺はこの爪痕を見たことがある。
地元の山に出没した。
あの時はマジで死を覚悟したほどだ。
その瞬間、背後から強烈な殺気を感じた。




