第12話 突然のスカウト
俺は宿の机に羊皮紙を広げた。
蝋燭に火をつけ、ペンを手に取る。
「『拝啓。親父殿。冒険者試験は合格した。アステル』っと。よし、これでいいだろう。他に書くことなんてないしな。ははは」
俺は親父に手紙を書いた。
実家のフェベク村に手紙が届く時間は、通常の旅路と同じく二週間だ。
「明日は家を探してみよう」
このまま宿に住み続けると金がかかる。
当面は王都で活動するのだから、家を借りたほうがいい。
「それにしても、この俺がCランクか」
俺はついに夢だった冒険者になることができた。
しかも通常のFランクからではなく、Cランクからスタートだ。
報酬のことを考えると顔がにやけてしまう。
少し小型の大牙猪獣でも八万ルトもの買取金額だった。
Cランククエストなら、一回あたり十万ルトはいくんじゃなかろうか。
「ヤ、ヤバい。金持ちになっちゃうぜ。ひひひ」
ベッドに入るものの顔がにやついてしまい、なかなか寝つけなかった。
***
翌朝、俺は不動産屋へ行く前に、まずギルドへ向かった。
広いロビーにはクエストボードがあり、ランク別にクエストの依頼書が貼られている。
俺はひとまずCランクのクエストボードの前に立つ。
家を借りるために、Cランクの平均的な報酬を確認しておきたい。
「お、おい。あいつ、いきなりCランクに受かった奴だぞ」
「飛び級合格はギルド初なんだろ。信じられん。まだ子供じゃないか」
「体力試験はぶっちぎりで、歴代トップだってよ」
「俺なんて十年やってもDランクだというのに……」
「けっ、これ見よがしにCランクを見てるな。生意気だぜ」
俺のことを噂する人たちの声が聞こえた。
特別対応をされたということは、その分周囲の目も厳しくなるし、誹謗中傷なんかもある。
あまり派手にやらないほうがいいような気がしてきた。
「そ、そうだよな。とりあえず、最初は初級から行くべきだよな。はは」
俺は初級のボードへ移動した。
「くそが。中級のくせに、初級のクエストを見てるぞ」
「ああ、嫌味だな。俺たち初級を見下してやがる」
初級を見ても陰口を叩かれる。
しかも聞こえるようにだ。
「ど、どうすればいいんだよ……」
これは予想外だった。
俺はただ全力を出して、必死に頑張っただけなのに……。
「おいっ! 今言った奴誰だっ! 手ぇ挙げろっ!」
突然、男の人の大声がロビーに響いた。
賑やかだったロビーに静寂が訪れる。
「てめえか?」
「ち、違います!」
大声の人が陰口を叩いていた男に詰め寄った。
違うと言うが、間違いなくこの男だ。
「す、すみませんでしたぁぁ!」
男は走って逃げていった。
大声の人が周囲を見渡す。
「てめえら、恥ずかしいこと言ってんじゃねーぞっ! それよりもギルド初の偉業を讃えろっ!」
反応なく静まり返るロビー。
男の人の額に、薄っすらと血管が浮かんだ。
「返事をしろっ! 返事は『はい』だっ!」
「「「はいっ!」」」
「文句がある奴は俺のところに来いっ! いいなっ!」
「「「はいっ!」」」
男の人は満足そうな笑みを浮かべ、俺の元へ歩いてくる。
身長は俺よりも高く、均整の取れた体型。
髪の色は明るい茶色で、爽やかな短髪。
瞳の色は濃いブルー。
ロングソードを腰に吊るし、ライトアーマーを着ている。
年齢は二十代後半から三十代といったところか。
「よう、お前がいきなりCランクになった新人か?」
「は、はい! アステルと言います!」
陽気そうな人なんだが、めちゃくちゃ怖い。
とりあえず、俺も怒られないように大声を出してみた。
「おー、いいね。朝から元気だな。新人はこうでなきゃ」
「あ、あの……」
「おー、すまんすまん。俺はハイリッヒ・ローレンハイム。冒険者だ。お前の噂を聞いてな。会いに来たんだ」
ハイリッヒさんが、突然俺の肩や腕を触り始めた。
「ふむ。筋肉は多いが、まあ普通の身体だな。これで体力試験歴代トップか。筋肉の質が違うのか?」
ハイリッヒさんは顎に手を当て、俺の身体をまじまじと眺めている。
「まあいい。世の中には想像を超えるものなんて山ほどある。アステル。お前、うちのパーティーに入れ」
「え?」
「返事は『はい』だ」
「は、は――」
「待ちなさい!」
俺の声を遮るように、女性の声が聞こえた。
「いてっ!」
その女性がハイリッヒさんの腕を思い切り叩いた。
「なんだよ、アリシア!」
「やめなさい。かわいそうでしょ?」
アリシアと呼ばれた女性は、俺よりも拳一つほど低い身長で細身の体型だ。
金細工のような長髪はとても綺麗で、赤い瞳が特徴的だった。
この人もライトアーマーを着ているから冒険者なのだろう。
「私はアリシア・シュトロレイン。よろしくね、アステル」
ロビーが大きくざわついた。
「お、おい! ハイリッヒとアリシアだぞ!」
「『黄金の薫風』かよ!」
「す、すげえ! 伝説じゃねーか!」
この反応を聞くに、きっと有名な人たちなんだろう。
でも、俺としては困るというか、どうしていいのか分からない。
「ちっ、あんたたち。もう嗅ぎつけたのかよ」
今度はロビーにラルフさんが姿を見せた。
試験のお礼を伝えようと思っていたので丁度良かったが、今はそんな雰囲気ではない。
「ん? ラルフか」
どうやらハイリッヒさんは、ラルフさんを知っているようだ。
ハイリッヒさんに見つめられて、ラルフさんの額から一筋の汗が流れる。
ラルフさんほどの冒険者でも緊張する相手らしい。
ラルフさんが険しい表情で俺を見つめた。
「おい、アステル。お前、この人に返事をしてねーだろうな?」
ラルフさんが俺の名前を呼んだことに驚いた。
ちゃんと覚えていてくれたんだ。
「へ、返事ですか? ま、まだです」
「返事はするな。いくらお前でも死ぬぞ」
「え? 死ぬって?」
返事をして死ぬってどういうことだろうか。
まさか呪い?
いや、この世に呪いなんてない。
「この人たちは、Aランク冒険者だ」
「Aランク……。ええぇぇぇぇ!」
「お前、Aランクのパーティーに誘われてんだよ。こんなところに入ったら死ぬぞ」
ラルフさんの背後に、エレダスさんとリオーラさんの姿も見えた。
エレダスさんがハイリッヒさんにお辞儀をする。
「ま、まさか、『黄金の薫風』もアステル君を?」
「そうだ。うちがもらうぜ、エレダス」
「待ってください! うちが交渉するんです! 我々は試験に同行したんですよ⁉︎」
何が何だかよく分からない。
ちょっと整理したいくらいだ。
言い合う三人の間に、突然アリシアさんが現れた。
その動きは、爽やかな風が吹いたかのように優雅だった。
「あなたたち、アステルが困ってるでしょう? 本当にバカなんだから」
氷のような冷たい眼差しで、三人を見つめるアリシアさん。
さすがの三人も言い返せないようだ。
アリシアさんが微笑を浮かべた。
「リオーラ」
「は、はいっ!」
「アステルに説明してあげなさい」
「はいっ!」
あのリオーラさんが相当緊張している。
間違いない。
この場で最強なのはアリシアさんだ。
俺もアリシアさんの言うことは聞いておこう。
「アステル。ハイリッヒさんとアリシアさんのお二人は、Aランク冒険者で『黄金の薫風』のメンバーなの」
「黄金の薫風?」
「黄金の薫風は、クエストランキングでナンバーワンのパーティーよ。つまり、今のギルドで最強のパーティーね」
「えっ!」
「あなたはそのパーティーからスカウトされたの。悪いことは言わない。やめなさい」
アリシアさんがリオーラさんを一瞥する。
「リオーラ、余計なことは言わなくていいわよ」
「し、失礼しました」
リオーラさんが深く頭を下げる。
そして、俺に視線を向けた。
「アステル。私たちのパーティーもあなたをスカウトしに来たのよ。まだパーティーは決まってないでしょう?」
「え? リオーラさんもですか?」
「ええ、そうよ。うちは中級だし丁度いいでしょ? 黄金の薫風は上級よ。アステルが上級にならなければ、クエストには行けないわよ?」
確かに階級で考えると、リオーラさんたちのパーティーは俺と同じだ。
クエストの難易度も今の俺に合っている。
俺がAランクのクエストへ行くためには、また昇級試験を受けなければならない。
どう考えても無理だ。
「あらあら、リオーラ。その勧誘方法はずるいわね」
アリシアさんは笑みを浮かべたまま、リオーラさんに視線を向けた。
蛇に睨まれた蛙のように、リオーラさんの動きが止まる。
「アステル。昇級のことはあとで考えるとして、うちに来ない?」
「あの、その……」
アリシアさんの綺麗すぎる笑顔が逆に怖い。
逆らったら殺されるかもしれない。
「そんなことしないわよ。嫌ねえ。ふふふ」
この人、俺の心を読めるのだろうか?
「あ、あの……。すみません。考えさせてください」
俺はそう返事をするしかなかった。
この場で決断できるわけがない。
突然のスカウトにただただ驚くばかりだった。




