第10話 狩猟の基礎
特別試験当日を迎え、俺たちは日の出と同時に王都を出発した。
狩猟場所は王都の西にある森だ。
街道を歩いていると、エレダスさんが俺の肩に手を乗せてきた。
「アステル君。レザーアーマーを買ったんだね」
「はい。先日購入してから、着込んで慣らしています」
「いいじゃないか。似合ってるぞ」
「ありがとうございます!」
俺はこれまで狩りで鎧を使用したことがない。
しかし、冒険者たるもの命を守る装備は必要ということで、七万ルトもするレザーアーマーを購入した。
あまりの金額に目ん玉が飛び出したが、これでもまだ初心者用だという。
装備は上を見たらキリがないそうだ。
まあ、俺は親父にもらった剣があるから、その分装備代は節約できている。
「そろそろ森だ。気をつけるんだ」
「はい」
街道を逸れて茂みを歩いていると、エレダスさんの言葉通り森が見えてきた。
そのまま森に入り、周囲を見渡す。
「あ……」
「どうだい、アステル君。かなり深い森だろ? 気をつけないと遭難するぞ」
「そ、そうですね」
正直に言うと、地元の過酷な山に比べ、過ごしやすい雑木林のように感じていた。
何より分かりやすい。
「おい、新人。ここから試験だ」
ラルフさんが声をかけてきた。
「狩猟の基礎を言ってみろ」
「はい! 調査、追跡、発見、狩猟、報告です!」
これは冒険者の試験に出る基礎中の基礎だ。
「調査、追跡、発見までやれ。狩猟なんて無理だから、邪魔さえしなきゃ点はくれてやる。死なれても困るからな。こっちでやる」
「わ、分かりました……」
「泊まりは仕方ねえ。だが、明日の昼までに発見できなかったら、その時点で不合格だ」
ラルフさんの言葉は怖いが、これは遊びじゃない。
狩猟は命がけということを言っていると思う。
でも、泊まりにはならない。
「あの……。も、もう見つけました……」
俺はすでに大牙猪獣の気配を捉えていた。
「はあ? ふざけないで」
「おいおい、適当なこと言ってんじゃねーよ」
リオーラさんとラルフさんが、明らかに苛ついた声を上げた。
だが、俺は嘘を言っているわけではない。
「ちょっと小さい個体です。大きさに条件はありますか?」
「てめえ。ふざけていると、マジで不合格にするぞ」
ラルフさんの眉間に深いシワができている。
完全に怒っているようだ。
やっぱり怖い。
「待て、ラルフ。ちゃんと話を聞こう。アステル君、そう思う理由を示してくれ」
エレダスさんが助け船を出してくれた。
この人がいなかったら、俺は早々に心が折れていたはずだ。
「は、はい。すでに気配は捉えているのですが……」
この森ならわざわざ痕跡を探す必要はない。
だが、気配を感じ取ったと言っても理解してもらえないし、きっと怒られるだろう。
むしろ大牙猪獣本体より、痕跡を探すほうが大変だ。
とはいえ、一応痕跡は残っているので説明はできる。
「ここを通った跡があります。これです」
俺は木の幹に引っかかっていた一本の体毛をつかみ取った。
人の髪の毛よりも少しだけ太くて硬い体毛で、長さは人差し指程度だ。
ここを通った際に、引っかかって一本だけ抜けたのだろう。
「この体毛は大牙猪獣のものです。この体毛が臭いを出していました」
「な、なんだって! 一本の体毛から臭いが分かったというのか⁉」
「そうです。大牙猪獣の獣臭は、特に分かりやすいですから。はは」
エレダスさんが目を見開いている。
「あと、所々に涎の痕跡もあります。草や土の上に、ほんの少しだけ垂れています」
俺は一本の雑草を抜き取った。
その葉の一部分に、極僅かな光沢が見える。
大牙猪獣の涎の跡だ。
俺は説明しながら森を進む。
そして、大牙猪獣が見える位置に到着した。
「エレダスさん。大牙猪獣です」
「み、見えないが?」
俺にははっきりと見えるのだが、もしかして遠くて見えないのかもしれない。
余計なことはするなと言われているが、逃げられると面倒だし、早めに仕留めたほうがいいだろう。
「あ、あの、リオーラさん」
「な、なによ」
「大変申し訳ないのですが、弓を貸していただいてもよろしいですか?」
「弓? あんた使えるの?」
「はい、一応。一本だけで大丈夫です。もちろん、矢の代金は支払います」
「そ、そんなものいいわよ。変な癖つけないでよ」
少し怒ったような声だが、リオーラさんは弓を貸してくれた。
俺はすぐに矢を放ち、弓を返した。
「ありがとうございました」
「え? 本当に一本だけ……?」
「さすがDランクの方が使う弓は違いますね。使いやすかったです」
感動するほど使いやすい弓だった。
親父が用意したあの無茶苦茶な弓とは大違いだ。
「えっと……。ラ、ラルフさん、すみません。仕留めました」
俺は恐る恐るラルフさんの顔を見た。
真顔で何も言わない。
マジで怒らせてしまったのだろうか。
それでも、仕留めたからには回収しなければならない。
しばらく歩くと、大牙猪獣が倒れていた。
狙い通り、眉間に矢が突き刺さっている。
「小さいですが、大丈夫でしょうか?」
地元の森で獲っていた大牙猪獣は、俺の身長の三倍はあった。
だが、この個体は二倍程度だ。
「血抜きしますね」
腰から解体用のナイフを抜き、首筋を斬りつけた。
そして、ロープで四肢を縛る。
いつもやっていることだから、自然と身体が動く。
「これは持って帰っていいんですよね?」
一応エレダスさんに確認してみた。
「え? 解体局が回収をするが……。というか、持って帰るってどうやって?」
「担いで運びます」
運べないような巨体のモンスターは、解体局が運ぶそうだ。
だが、大牙猪獣くらいなら運べるし、わざわざ解体局に手間をかけさせる必要はないだろう。
俺は大牙猪獣を担ぎ上げた。
「それでは、ギルドに帰還します」
ラルフさんとリオーラさんは、さっきから完全に無言だ。
多分俺が勝手に狩猟したから、めちゃくちゃ怒ってる。
試験は落ちたと思っていいだろう……。
まあでも、冒険者試験は受かっているんだ。
初級から頑張ればいい。
俺は昔からポジティブ思考だ。
「この個体は軽いけど、肉質は悪くないと思うんです。この肉は食べるんですか?」
「い、いや、狩猟したモンスターは、解体局が素材を買い取るんだ」
「そうなんですね。いい値がつくと嬉しいなあ。あ、でも、自分は試験だから関係ないのか。あはは」
そのまま森を抜けて、昼前にはギルドへ帰還した。




