第85話 悪い女
ただのクラスメイトに戻るなんて、出来なかったのだ。
だから私は、自分の気持ちを殺して、何事もなかったかのように笑って、彼女の隣に居座り続けた。
いつものようにからかい、課題の添削をし、修学旅行を共に過ごし、カラオケで一緒に歌ってやると言って。
彼女が少しでも、この学科で笑って過ごせるように。
「俺が……」
視界が滲む。
奥歯を強く噛み締めた。
込み上げてくる嗚咽を必死に呑み込んだ。
それでもポロポロと涙が零れ落ちた。
もう止められなかった。
「俺が……どんな気持ちで、笑ってたか……お前らに、分かんのかよ……ッ」
逆ギレだということは分かっている。
彼らは善意で言ってくれただけだ。
けれど、もう限界だった。
肩を震わせる私を前に、杉田さんも、裕介さんも、早瀬さんも、言葉を失っていた。
カラオケの明るいモニターだけが、呆然と立ち尽くす三人の顔と、惨めに泣き崩れる私の姿を、無機質に照らし出していた。
沈黙が落ちた部屋の中で、私のしゃくり上げる声と、間の抜けた陽気なカラオケの伴奏だけが響く。
一度溢れ出した言葉は、もう自分でも止められない。
私はぽつり、ぽつりと吐き出した。
「もう伝えなきゃ……死んでも死にきれないって……思うくらい、好きになってて……」
──そう。
みかん箱さんから警告を受けた次の日のこと。
みかん箱さんは私を引き留めていた。
……その女は、自分が男受けする容姿だと自覚している……悪い女だ、と。
それでも私は。
あの痛烈な忠告を振り切ってまで、彼女に会いに行ってしまったのだ。
「でも……東雲さんは…………」
頭の中に、あの日の夕暮れが痛いほど鮮明に蘇る。
一つ一つの景色、表情、色、音、感情が、超高速で切り替わり、頭の中で稲妻が鳴るようにフラッシュバックする。
私の必死の告白を聞き終えた彼女は、ただ、深く、深く頭を下げて……………………………………………………謝罪した。
「これからも……友達として……って…………」
ギリッと、奥歯が鳴った。
「そんなの……断れないんだよ……。嫌われたくないなら……笑って『分かった』って言うしかッ!」
両手で顔を覆った指の隙間から、止めどなく涙が零れ落ちる。
「本当は今すぐ追いかけてやりたいに決まって…………ます。でも……私に、そんな資格ないんです……」
声は次第に掠れ、最後はただの泣き声に変わった。
糸が切れたようにソファに崩れ落ちる私を見て、裕介さんは目を伏せてギュッと唇を噛み、早瀬さんは泣きそうな顔で口元を両手で覆っていた。
杉田さんは気まずそうにガシガシと頭を掻きむしると、天井を見上げ、誰にともなく小さな声で零した。
「……悪かった」
その一言が、ひどく胸に響いた。
誰のせいでもない。
悪いのは、未練がましく彼女の隣にすがりついていた、私自身なのだ。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




