第84話 追いかける権利
「…………そうかよ。……お前ら、ベッタリだったからさ。去年の……花火大会の時から付き合ってるんだと思ってたよ」
裕介さんが杉田さんを見るも、彼も同じように頷いた。
裕介さんの言葉が脳内で響く。
──花火大会。
その単語が出た瞬間、私の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
違う。
あの日、絶望的な温度差を前に、私が自らすべての可能性を殺し、諦めを受け入れたあの夜。
チカチカと回るミラーボールの無機質な光が、やけに鬱陶しく感じる。
足元がグラグラと揺れるような錯覚に陥った。
「わ、私も、これで隠してるつもりなのかなー、なんて……」
早瀬さんが場を和ませるつもりか、フォローのつもりか分からないが、私の気持ちを知っているくせに、あまりにも白々しいセリフを言い放つ。
「……隠すも何も、実際付き合っていないのだから、隠す必要もありません。普段だって、私が勝手にお節介を焼いてるだけです。東雲さんは別に、私を何とも……思っていません」
乾いた声が喉から出た。
「そうだと君が思い込むことで、また彼女を傷付けているのかもしれないよ?」
杉田さんが、諭すような低い声で言った。
「女の『放っておいて』は『心配して』だ。特に惚れた男にはな。こういう時、気の利いた言葉なんて要らねぇ。ただ横にいてやるだけでいい。お前、そういう不器用なところあるからな」
「勘違いです。私たちは本当にそういう関係じゃないんです」
「えー? でも東雲さん、いつも結城くんのこと頼りにしてるじゃん。誰かと話す時も、まず結城くんの方を見るしさ。アレで付き合ってないとか、逆に何なの?」
何なのか? そんなこと私が聞きたい。
早瀬さんの無邪気な言葉が、チクリ、チクリと胸の奥の柔らかい肉を抉っていく。
……違う。
彼女が私を頼るのは、私が一番無害で安全だからだ。
私への好意じゃない。
そもそも頼っているわけじゃない。
私が彼女の境界線を決して越えない『ただのクラスメイト』だから、彼女は安心して私を利用しているだけなのだ。
「ほらほら、早く行けって!」
ガシッ、と。
裕介さんが私の腕を強く引っ張り、無理やりソファから立たせようとした。
「ちょっと……!」
「意地張るなって。こういうのは男から行かないと後悔するぞ」
「だから! 違うって言ってるじゃないですか!」
私は裕介さんの手を乱暴に振り払い、奪い返すように引き抜いたタブレットを、テーブルに叩きつけるように置いた。
「しつこいです! 追いかける権利なんて私にないんですよ!」
「はあ? 何言ってんだよ。権利とかじゃなくてさ、お前、東雲さんのこと好きなんじゃねぇの? なら男見せろよ」
裕介さんの、呆れたような、でも真っ直ぐな言葉。
彼らは何も知らない。
何も知らないからこそ、純粋な善意だけで、私と東雲さんの仲を取り持とうとしてくれている。
分かっている。分かっているのに。
『付き合ってるんだと思ってた』
『惚れた男には』
『意地張るな』
『後悔するぞ』
無責任で、温かくて、残酷な言葉たちが、私がずっと蓋をして、見えないフリをして、鍵を掛けた部屋の一番奥に閉じ込めたはずの「どろどろとした未練」を暴き出していく。
──男を見せろ?
私だって、出来ることならそうしたかった。
あの日、彼女の手を引いて。
ハワイの夜、彼女の背中を抱きしめて。
彼女にネックレスをこの手で。
出来ることなら、全部、全部、全部ッ…………!!
「……ッ」
ドンッ!!と。
気が付けば、私はテーブルを両手で強く叩きつけていた。
テーブルの上に置かれたグラスがガシャンと揺れ、マイクのノイズがキィンと不快な高音を鳴らす。
裕介さんがビクッと肩を揺らし、早瀬さんも杉田さんも、突然牙を剥いた私の態度に、丸い目を見開いて硬直していた。
喉の奥が、焼け付くように熱い。
息が詰まる。
心のダムが音を立てて決壊し、隠し通してきた『美しい敗北』が、無様な泥水となって溢れ出した。
「もう……振られてるんだよッ……!!」
絞り出すように叫んだその声は、自分でも驚くほど惨めに、震えていた。
直後、カラオケのスピーカーから、誰かが先ほど予約していた陽気なポップスのイントロが、空虚なほど明るく流れ始めた。
「……え?」
早瀬さんが、間の抜けた小さな声を漏らす。
チカチカと回るミラーボールの光だけが、沈黙に包まれた私たちの頭上で、無情に回り続けていた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




