第83話 私に連絡は入っていない
現地集合で集まった駐車場の広い大型カラオケ店。
デザイン学科の面々で幾つかの部屋を貸し切り、行き来も自由というシステムになっていた。
私は他の部屋の様子を見に行っていたその足で、いつもの仲良しグループが陣取る部屋へと戻ってきた。
「他の部屋も盛り上がってますね。相乗りしてきた人たちはお酒飲んでましたよ。絡まれたくないので、あの部屋にはもう行きませんけど」
ドアを開けると、ドスドスと腹に響く重低音と、フライドポテトの匂いが押し寄せてくる。
私は空いている席に身を屈めながら座った。モニターの前では裕介さんがマイクを握りしめ、熱いアニソンをシャウトしている。
ふと、薄暗い部屋の中を見渡して、私は違和感を覚えた。
東雲さんの姿がない。
この騒がしい空間で、彼女が一人で他の部屋に移動する可能性など絶対に考えられない。
トイレだろうか。
「……東雲さんはトイレですか?」
タンバリンを叩きながらリズムに乗っていた早瀬さんに何気なく尋ねると、彼女はあっけらかんと言った。
「あ、東雲さんなら帰ったよ? なんか体調悪いかもって」
「…………え?」
帰った?
その言葉が、騒々しいカラオケのBGMの中で、やけにクリアに耳に届いた。
「……そう、ですか」
私が部屋を空けていた、ほんの十分くらいの間の出来事だったらしい。
私はポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。
通知は……ない。
私に連絡は入っていない。
画面の冷たい光が、私の顔を青白く照らす。
チクリと、胸の奥で何かが軋んだ。
いや、当たり前だ。
彼女が帰る時に、わざわざ私に許可を取る必要なんてない。
ただのクラスメイトなのだから。
……私はスマホをポケットへと戻し、テーブルの上のグラスを手にした。
氷が溶けて薄まったウーロン茶を喉に流し込む。
……私は溜息を一つ吐き、手元のタブレットを引き寄せた。
別に歌うつもりはなかったが、手持ち無沙汰を誤魔化すためにカラオケの人気ランキングでも眺めようと画面をスクロールさせた。
その時だった。
「お前、何してんの」
隣から伸びてきた手が、私の持つタブレットを掴んだ。
見上げると、歌い終えたばかりの裕介さんが、マイクを片手に呆れたような顔で私を見下ろしていた。
「何って……あ、もう一曲入れます?」
「そうじゃねぇよ。東雲さん、追いかけなくて良いのかよ」
裕介さんの言葉に私はハッとして、そしてすぐ、鼻で笑うようにフッと小さな溜息をついた。
追いかける?
まるで、喧嘩して飛び出した彼女を追いかける彼氏のような響きだ。
「追いかけるって……いやいや、体調が悪いなら早く帰って寝た方が良いですよ」
「裕介くんの言う通りだ」
「…………何ですか、杉田さんまで」
向かいの席から、杉田さんまでが静かに同意した。
彼はグラスの氷をカラカラと回しながら、大人の余裕を見せるように私を真っ直ぐに見据えている。
「つーか、今すぐ駐車場走ればまだ間に合うって!」
「そこまでしなくても、彼女だって子供じゃないんですから」
私はタブレットを引き抜こうとしたが、裕介さんの手はがっちりとそれをホールドしたままだ。
薄暗い部屋の中、チカチカと回るミラーボールの光が、彼らの真剣な顔を交互に照らし出す。
どうして、この人たちはこんなに必死なのだろう。
まるで私が、致命的な過ちを犯そうとしているとでも言いたげな目で。
「別に付き合ってるわけでもあるまいし……!」
当たり前のようにカップルの痴話喧嘩を仲裁するような冷やかしだったので、少し苛ついてしまった。
出来ることなら口にしたくない言葉を、何度も彼らに……いや、自分自身に改めて突きつけなければならないことが、酷く疎ましかった。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




