第82話 ウチのバイト先ではそうなんです
放課後の教室。
「新年会です?」
「お金は先生が全部出すんだって! ヤバくない?」
珍しく早瀬さんに絡まれた私は、帰る準備をしていた手を止め、教室の前方に目をやった。
ホワイトボードには、赤ペンでデカデカと『新年会のお知らせ』と書かれたプリントがマグネットで留められている。
強制参加ではないらしいが、どうやらカラオケを何部屋も借りて、みんなで飲んで騒ごうという企画らしい。
「……そういうのは多分、何かの予算が余ってて、その使い道にされてるだけですよ? ウチのバイト先がそうです」
「え! そうなの? 何だよアイツ! 自分の手柄みたいに!」
「ここで騒ぐと企画自体なくなるかもしれないんで、黙っておいた方が良いですよ」
「……なるほど」
大袈裟に頷く早瀬さんとも、随分と気安く話せるようになった。それは修学旅行を経てからの話だが、あまり話したことのないクラスメイトという立ち位置からは、完全に脱却したような気がしている。
……しかし、私の背後に隠れるように立っている東雲さんは、そうでもないらしい。
同じ部屋に泊まった仲だというのに、彼女と早瀬さんの距離はそんなに縮まっていないように見える。
私の背中越しに、小動物のように不安そうな眼差しを向けてくる東雲さん。
出会った頃を思い出させる懐かしい関係に、何だか感動すら覚える。
「……結城くんは、カラオケ行くの?」
背中から小さな声で尋ねられ、私は肩をすくめた。
「まぁ……タダなら行きますかね? ドリンクバーも付くみたいですし、歌わなくても隅っこで人の歌を聴いてるだけで、私は楽しいですよ」
「いやいや、来たら絶対歌わせるし」
「絶対歌いませんよ」
ニヤニヤと笑う早瀬さんと、不毛なやり取りを繰り返す。
「ていうか、ウチらって何人? 十五人くらい?」
ふと、早瀬さんが教室を見回した。
私もつられて、長机に並んだパソコンの席を数えていく。
…………十四?
「十……四ですね。分かれても三部屋くらいじゃないです?」
「どうだろ? 大きい部屋なら全員ギリ入るかもよ?」
「……それ、自分の番が全然回ってこないやつですよ? 私は良いですけど、歌いたい人は不満では?」
「……確かに。賢い!」
「ウチのバイト先がそうだったので」
「……もしかしてそれ万能?」
「使っても良いですよ」
私と早瀬さんがそんな下らない話をしている間も、東雲さんはずっと浮かない表情でカーペットを見つめていた。
私も人のことは言えないが、東雲さんは大勢の中で話すことに強い苦手意識を持っている気がする。
課題でプレゼンをする時も歩き方からガチガチに緊張していたし、私と同じように、前もって何度も何度もカンペを推敲するタイプだったはずだ。
そういえば男三人でカラオケには行ったことはあるが、東雲さんとは一度もない。
ぎゅっとリュックを握りしめ、極端に口数が少なくなっていることに気付くと、私は彼女がカラオケに行きたくないのだと察した。
「……東雲さん? 無理に参加しなくても大丈夫だと思いますよ?」
振り返って声をかけると、彼女は少しだけ顔を上げ、私の目を見つめ返してきた。
「でも、結城くんが行くなら………………行こうかな」
消え入りそうな声の中に、ほんの少しの決意が混じる。
「歌わなくても大丈夫ですし、もし歌わされそうになったら、私が一緒に歌ってあげますよ」
「さっきは絶対歌わないって言ってたじゃん」
すかさず早瀬さんがツッコミを入れる。
「ウチのバイト先ではそうなんです」
「それ使い方合ってる?」
呆れたように笑う早瀬さん。
それを見て、東雲さんが口元に手を当てて小さく吹き出した。
放課後の静かな教室に、彼女の控えめで柔らかな笑い声が溶けていく。
その少しだけ肩の力が抜けたような笑顔を見て、私は専門学校一年目の最後を飾るイベントに、彼女と共に参加できることを本当に嬉しく思っていた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




