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第79話 イメージキャラクター

「メリークリスマース!」



 パンッ! と、私の部屋でクラッカーが鳴らされる。

 軽い破裂音とヒラヒラ舞う紙紐が実に安っぽい。



 私の冷たい視線に気付いた東雲さんが、ゴソゴソと二つ目のクラッカーに手を伸ばそうとしたので「いやいやいやいや」と、それを全力で制止する。



 テレビにはBGM代わりに、興味もない音楽番組が音量小さめで垂れ流されている。

 司会者によると、どうやら四時間スペシャルらしい。



 東雲さんが買ってきた食べ物は、いわゆるお酒のツマミが多く、クリスマスパーティはどちらかというと忘年会のような雰囲気になっていた。


 しかし私は未成年だ。

 こんなに揃えてもらっても、私はお酒を一滴も飲めないということを、彼女は全く分かっていない。



「結城くん、コレ、なーんだ」


「……お酒です」









 ***









 いつの間にかテーブルには空っぽの缶が三本並んでいる。

 アルコールの度数は私には分からないが、人はどれくらいの量を飲めば酔うのだろう。

 三本は多いのか、少ないのか、それさえも分からない。


 私はイカゲソをツマミながら、ガシャガシャと口の空いた珍味の袋を丸めて片付ける。

 放っておいたら私の部屋があっという間にゴミだらけになってしまう。




「最後に片付けるから良いのに」




 正直、その頃まで二人の理性が残っているか分からない。


 片方が酔い潰れていたら、片付けをするのはもう片方しか居ないのだ。


 私はだらしない東雲さんの一面を堪能しつつ、ベッドの上に座ったままで毛布に小さくくるまった。




「え! まさか寝ないよね?」




 東雲さんがベッドの上に飛び乗ってくる。




「寝ませんよ……東雲さんを送っていかなきゃいけないですし」


「じゃあ私が寝ちゃお」




 ベッドの上で横になり、私の毛布の半分を引っ張って、寝たフリを始める東雲さん。


 今の所そんなに酔っているようには見えない。


 しかし、いつもこんな感じなので、酔っても違いに気付けるかどうか自信がない。





「これ……クリスマスパーティですよね?」


「そうだよ?」


「二人で布団にくるまってますけど」


「暖かいね」


「……そうですね」





 自分に寄り添うように寝転がる東雲さんが人懐っこい子猫のようで、この上なく可愛くて仕方ない。


 このままじゃ本当に抱き締めてしまいそうで、いっそのこと寝てしまった方が楽かもしれない。


 寝ている間に何かされるとは思わないけれど、東雲さんなら可能性がないとも言えないのが怖い。


 東雲さんは私が呆れているのを見て、小さな溜息を吐いた。





「……もう、仕方ないなぁ。お姉さんにドキドキして仕方ないみたいだから、そろそろメインイベントにしましょう!」


「……何です、メインイベントって?」





 少しだけ、緊張が走る。

 何かを期待したわけじゃないが、東雲さんが布団から覗かせる悪戯っぽい視線に、誘惑を感じずにはいられない。


 おかげで目は覚めたのだが、東雲さんが言う『メインイベント』なんて、私には変な意味にしかもう聞こえなくなっている事実が悲しい。




「まぁ私はバイトもしてないし、大した物じゃないんだけど」




 東雲さんは布団から起き上がると、クラッカーやオツマミが入ったビニール袋ではなく、何だか久しぶりに見た気がするリュックサックの方に手を伸ばした。


 中にはぬいぐるみも幾つか見えたが、彼女が取り出したのは一枚のクリアファイルだった。



 ……いや、よく見ればクリアファイルではない。



 それはラミネート加工されたA4サイズの用紙だった。


 蒼い羽の天使のイラストが描かれていて、カメラ目線に祝福を贈っているような優しいタッチの絵だった。


 そして下の方には、何処から見つけてきたか分からない筆記体のようなオシャレなフォントでこう書かれている。













『Happy Birthday!』













「え、これ…………」


「結城くん、クリスマスが誕生日なんだね!」







 確かに私の誕生日は明日だが……問題はそこ、ではない。






「他にもね、ちょっとしたものはあるんだけど……はいこれ」






 オシャレな芳香剤。


 私の部屋には似合わない。


 こんな綺麗な箱に入った芳香剤なんて、どう見ても東雲さんのセンスでなきゃ選ばない。





「あとは………」


「し、東雲さん! ちょっと待ってくださいっ!」




 リュックの中を掘り進める東雲さんを、私は震える声で呼び止める。



 声が震える。

 手も震える。





「ま、まず、ありがとうございます」


「まだあるけど?」


「あ、いや、その前に……聞いても……良いですか?」


「うん」





 東雲さんは悪びれもしない。

 次のプレゼントを出そうとウズウズさえしている。






「えと……この描いてくれたイラスト……」




「蒼い羽の天使だよね? イメージキャラクターの」




「イメージ、キャラクター………………?」




「蒼羽さんの」






 終わった。


 ありがとう。


 さようなら。






「誕生日もプロフィールに書いてあったよ?」






 でしょうね。





 しかし、そんなことはもうどうでも良い。


 そんなことより。






 私が今までブログに書いてきた沢山の葛藤と欲望と後悔が、走馬灯のように過ぎていく。


 長い、長過ぎる。


 この一瞬で振り返るには、思い出さなきゃいけないことが多過ぎる。 


 映画なら劇中歌をフルサイズで流さなきゃいけないくらいに長過ぎる。







「あ、ああ、あの……い、一体、いつから……?」


「何が?」


「お、お読みになっていたのは…………」


「『ちっちゃくて可愛い文学少女』」






 最初からじゃねぇかぁああ! という壮大なツッコミは、心の中だけで何とか抑え込む。


 そのタイトルは、私が高校を卒業して、デザインの専門学校にドキドキで入学し、隣の席に座った可愛い女の子と、今度こそ楽しい青春が送れるように祈る、嬉し恥ずかし、登校初日の記念すべき記事だ。


 東雲さんは、入学前にスケッチブックに描いていた、私が思い描く理想の女の子と瓜二つで…………。








 …………………ん、いや………?








 もしかして……まさか……、








 ………………………………………………コレ………、










 ………………………………………………………………順番が逆なのか?







 彼女が偶然、私の理想に似ていたんじゃない。

 彼女が……私の理想像を──。





「あの……そうですね、あの……本当に申し訳ないです……」


「何を謝ってるの?」





 東雲さんが私のブログをずっと読んでいた?


 思い出せ、私は何を書いた。


 私は何を、何を、何を。





「でもね、今日はクリスマスだからさ」





 東雲さんがスッと立ち上がり、私のデスクに歩み寄ると、撫で回すように指を這わせた。



 蛇が這うようにしなやかな指の動き。



 それは肌の上を滑らされたなら、男が一発で落ちる、紛うことなき妖艶の動き。



 一体この子はどこでそんな所作を学んでくるのだろうか。



 少なくとも私のブログには書いていない。



 私が目を奪われている様子さえ面白がるように、精神的余裕に満ちた満面の笑み。





「プレゼントは交換するべきだと思うんだ?」





 そしてその指は、私のデスクの下──決して開けてはいけない、あのネックレスを隠した引き出しの隙間へと、指を一本一本、絡ませるように辿り着く。















「ねぇ……そう思わない?」

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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