第76話 社員登用制度
帰国後、私たちはそのまま冬休みに入ることになった。
あのバカンスがまるで嘘のように、カラカラと枯れ葉が街を転がっていく。冷え切ったアスファルトを革靴でカツンカツンと鳴らして歩く。
昨日まで生温かい砂浜をスニーカーのまま踏み荒らしていたのが、まるで遠い昔の出来事のようだった。
「いらっしゃいませぇ!」
自動ドアから店内に入ると、中からベストを着た快活な女性社員の元気の良い挨拶が飛んでくる。
相変わらずプロ意識だけはスゴく高い。
今でも仕事が続いているスタッフは少数精鋭で、一人でも急な欠勤があれば穴埋めが大変なことになる。
自分がその少数精鋭の一人に含まれていることを、誇りに思うべきか、ブラック企業だと思うべきか。
これまでに辞めていった沢山の人たちの辛そうな顔を思い出しては、やっぱりブラック企業かもと思い直す。
私は小さく会釈をしながら歩み寄った。
「……お疲れ様です」
「お、なんだ、結城か。お疲れ! あれ? 今日休みだよね?」
「実は昨日、修学旅行から帰ってきまして。そのお土産を持ってきました」
「修学旅行! 良いねぇ! どこ行ってきたの?」
「ハワイです」
「ハワイ?! はぁ……最近の修学旅行は海外行けるのかよ。アタシたちが必死に売上稼いでる間によぉ!」
「お疲れ様です!」
「てめぇ、チキショー!」
プロレス技を掛けるような形で戯れてくる先輩社員。
私たちは入り口付近のレジ前で話していたが、それが無線で店内に広まったのか、店の奥から店長が直々に現れた。
現れなくても良かったが、顔を合わせてしまっては仕方ない。
「店長! お疲れさまです!」
「お疲れ、 結城くん。 いや、お帰り? かな」
「ただいま戻りました。今日は修学旅行のお土産を持ってきただけなんですけど……チョコレートなので、事務所の冷蔵庫に入れておいても良いですか?」
「まだ日本は寒いからねぇ。別にテーブルに置いていっても良いよ? みんな勝手に持っていくだろうし」
「なるほど……分かりました。じゃあ、そうしちゃいます」
私は笑顔で店長との会話を断ち切ると、バックヤードへと逃げるように忍び込んだ。
休みの日に店舗の裏側に立ち入る感覚は、未だに慣れない。
抱えたマカダミアナッツ入りのチョコレートの缶を揺らしながら階段を登る。
大きな紙袋に詰め替えてはきたが、従業員二十人分に足りるくらいの量を買ってきてしまったので、相当の重さになる。
中で缶同士が音を立てて、普段は聞き慣れない金属音が、家電量販店のバックヤードに響き渡る。
「失礼します……」
事務所は二階の一番奥にある。
バックヤードから繋がる階段をグルグルと登った先は、コンクリートが剥き出しの倉庫になっていて、その一角の小部屋が休憩室兼事務所となっている。
店内BGMもここでは遠くに聞こえ、窓の外には彩度の低い街の景色が広がっていて、少しノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
……決して廃墟のようだと言っているわけではない。
正午を過ぎたばかりの時間帯、社員は全員売り場に立っている。
見た所、平日の昼間に家電を買いに来るお客さんはほとんど居ないようだが、それでも売り場で客を待つのが仕事なのだから仕方ない。
そもそも暇そうに見えても、やらなきゃいけないことは山のようにある。
ただでさえ家電量販店の売り場なんて少数精鋭なのだ。
デザイン学科に通う学生バイトが営業トークに磨きを掛けているくらいなのだから。
「お、結城。お疲れ」
「あ、お疲れ様です。副店長、居たんですね」
事務所に一人で居たのは副店長だった。
丁度、お昼を食べている最中らしい。
店長とは犬猿の仲だと私は知っているが、二人とも表面上は上手くやっている。
事務所には管理職用のデスクが幾つも並び、丁度半分程の面積に長机が並べられ、スタッフの休憩用スペースを兼ねている。
テレビや冷蔵庫や電子レンジなど、最低限の設備が整ってはいるが、管理職にこうも見張られていては、正直気は休まらない。
「今、休憩です?」
「今日は全然だな」
忙しい時の社員は、お昼に休憩を取ることが出来ず、客足の減る夕方頃に休憩を取ることが多い。それがこんな正確な時間にお昼が取れているということは、つまり今日の売上はそういうことなのだろう。
「あ、修学旅行のお土産を持ってきたので、テーブルに並べても良いです?」
「物によるな?」
「チョコレートです」
「良し!」
副店長は店長よりはノリが良い。
私は事務所のプリンターのトレイを引き出すと、一枚A4の紙を拝借して、自分のロッカーからは仕事で使っている三色ボールペンを一本取り出した。
入社日にもらったビジネス手帳は、ビニールを被ったままロッカーに入れっぱなしになっている。
私はテーブルの上にヨイショヨイショと缶を並べ、A4の紙にサラサラと『修学旅行のお土産です。自由に持ち帰って下さい』とメモ書きを作り、長机の側面に垂れ下がるようにセロハンテープで張り付けた。
「結城はもう冬休みに入ったのか?」
「はい。修学旅行からそのまま冬休みですね」
「デザインの専門学校だっけ? 一年目?」
「はい」
「就職は?」
「いや…………まだです。二年目はポートフォリオ作りがメインで、授業らしい授業はあまりないそうです」
「ポートフォリオ?」
「あ、えーと……私はこんなことが出来ますよって、面接で見せる自分の作品集みたいな物です」
「なるほどねぇ……」
副店長は席から立ち上がり、私の置いたチョコレート缶のラベルを物珍しそうに眺めた。
置いた缶がテーブルで鳴らしたコツンという音の後に続けて、彼は言った。
「……結城さ、ウチで社員にはならないの?」
「……いやいや、私には無理ですよ」
「俺はそう思わないから言ってるんだけどねぇ?」
「……」
確かに自分で売り場を作れたり、お客さんと仲良くなって、自分を指名してくれる程の顔馴染みになったり、嬉しいことや楽しいことも沢山ある。
しかし、折角デザインの専門学校に入った以上、出来ればデザインの仕事に就きたいと思ってしまう。
そう簡単には決断出来ない。
「……考えておきます」
「社員登用制度ってのもあるからさ?」
私は副店長の妖しい手招きに、苦笑いするしか出来なかった。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




