第57話 チーズベーコンバーガーのダブル
夕方。
オレンジ色に染まり始めたハワイの街を抜け、バスは私たちが数日間滞在する大型リゾートホテルのエントランスに停車した。
車寄せから一歩足を踏み入れた瞬間、そのスケールの大きさに私は思わず感嘆の息を漏らした。
壁を取り払った巨大な吹き抜けのロビーは、海からの風がそのまま通り抜ける構造になっている。
磨き上げられた大理石の床に、重厚な太い柱。
天井ではシーリングファンがゆったりと回り、巨大でカラフルな南国の花があちこちに飾られている。
どこからか聞こえてくるウクレレの柔らかな音色と、東雲さんの香水とはまた違う甘い花の香りが、長旅で疲れた体を優しく解きほぐしてくれた。
しかし私のルームメイトはまだまだ元気いっぱいの様子だ。
「行くぞ結城!」
「はいはい」
部屋番号613のルームキーを受け取り、私と裕介さんは割り当てられた高層階の部屋へと向かった。
ふかふかの巨大なツインベッドが並ぶ客室は、二人で使うには勿体ないほどの広さだった。
壁一面のガラス戸を開けてベランダに出ると、眼下にはワイキキビーチの海岸線と、徐々にネオンが灯り始めた華やかな街並みが広がっている。
「いやー、最高だな! ハワイ!」
裕介さんはスーツケースを部屋の隅に放り投げるなり、勢いよくベッドにダイブして大の字になった。
「荷解きくらいちゃんとして下さい。明日の準備もありますし」
「そんなんあとあと! それより結城、夕飯どうする? ホテルのレストランも良いけどさ、折角のハワイの夜だぜ? 街に繰り出して、ジャンクで巨大な肉、食いたくないか?」
「巨大な肉って……まぁ、それは一理ありますね」
私が珍しくニヤリとして、男友達の悪巧みに乗るのが面白かったのか、裕介さんは一段とテンションを上げてくれた。
「よっしゃ! 決まり! 杉田さんたちも誘って、男だけで美味いモン探しに行こうぜ!」
疲労など全く感じさせない裕介さんの底なしのバイタリティに引っ張られるようにして、私たちは夜の街へと繰り出すことになった。
***
すっかり日が落ちても、大通りは昼間以上の熱気に包まれていた。
沿道に並んだガス灯の松明がボワッと本物の炎を揺らし、ライトアップされたヤシの木の葉がオレンジ色に浮かび上がっている。
通りには大道芸人の叩く陽気なドラムの音が響き、行き交う世界中の観光客たちの笑い声で溢れかえっていた。
夜風に吹かれても、半袖で丁度良いくらいの心地よい気温だ。
「くぅー! すっげえ! これぞ海外って感じだな! お! あそこ! ハンバーガー!」
杉田さんや他の男子数名と合流した私たちは、通りに面したオープンデッキのアメリカンダイナーへと吸い込まれていった。大きな看板には分かりやすく美味しそうなハンバーガーが描かれている。
店内に案内されるなり、炭火で肉を焼く香ばしい匂いと、ジュージューというけたたましい油の音が胃袋を激しく刺激する。
「お待たせしました! チーズベーコンバーガーのダブルと、フライドポテトです!」
やがてテーブルにドンッと置かれたのは、冗談のように巨大な、あまりにも巨大なハンバーガーだった。
両手で持っても持ち上がらなさそうなくらいで、大人の顔の半分ほどもありそうなバンズから、分厚い牛肉のパティが二枚もはみ出し、とろけたチェダーチーズとカリカリのベーコンが滝のように垂れている。
サイドには溢れんばかりの山盛りフライドポテト。
飲み物として頼んだコーラも、日本のLサイズを優に超えるバケツのようなプラスチックカップに入っていた。
「うはっ、マジでデカ! いただきまーす!」
裕介さんが大口を開けてハンバーガーにかぶりつく。
私も両手で何とかバーガーを持ち上げ、端っこに思い切りかじりついた。
粗挽きの牛肉から、強烈な肉の旨味と肉汁が口いっぱいに弾ける。少し甘めのバンズと、スモーキーなバーベキューソース、そしてピクルスの酸味が絶妙に絡み合い、これぞアメリカという暴力的な美味しさだった。
「これは……流石に……旨い……!」
流石の私も天を仰ぐようにハンバーガーを咀嚼する。
噛めば噛むほど口の中で脂が広がっていく。
「だろ?! やっぱりハワイに来たらこれくらいジャンクじゃねえとな!」
男だけのテーブルは、巨大な肉とポテトを前に一気にボルテージが上がっていった。口の周りにソースをつけながらコーラで流し込み、ワイワイと初日の感想を語り合う。
確かにこういう時間も悪くない。
私はみんなの馬鹿騒ぎに隅で混ざりつつ、時々、夜空にそびえる宿泊先のホテルの窓灯りを見上げていた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




