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第47話 誰かの『特別』にはなれない

 ある日の夕方。

 私はバックヤードの隅にある従業員用の休憩室で、折りたたみ式のパイプ椅子に深く腰掛け、自販機で買った微糖の缶コーヒーをすすっていた。


 窓のない無機質な空間には、白々しい蛍光灯の光が落ち、古びた換気扇の低い唸り声と、冷蔵庫のモーター音が単調に響いている。


 壁のコルクボードには、色褪せた業務連絡のプリントや今月の売上目標のグラフが乱雑に画鋲で留められていた。


 ただのアルバイトとはいえ、こうして専用の休憩室でコーヒーを飲んでいると、一人前の社会人になったような気がして悪くない。


 専門学校に通い、ただ与えられたデザインの課題をこなすだけの単調な日々。


 そして、東雲さんとの甘く息苦しい、特別な時間。


 そのどちらからも完全に切り離されたこの場所は、今の私にとって、すっかり居心地の良い避難所になっていた。




「結城! 結城は居るか!」




 不意に、バックヤードの奥にある会議室の扉がバンッ!と勢いよく開き、店長が血相を変えて飛び出してきた。


 ドタドタと足音を立てて休憩室に駆け込んできた店長は、パイプ椅子で缶コーヒーを持ったまま硬直している私を見つけると、顔をパァッと輝かせた。




「おっ、居た居た! 結城! ちょっとこっち来い!」


「え? あ、はい。……何かトラブルですか?」




 私は慌てて手元の缶コーヒーを長机に置き、立ち上がる。レジの違算でも出してしまっただろうか。


 それとも品出しの陳列場所を間違えたか。最悪の事態を想定して身構える私を、店長は「いいからいいから!」と有無を言わさず手招きし、半ば強引に会議室の方へと引っ張っていった。


 連れてこられた会議室は、普段の雑然としたバックヤードとは少し空気が違っていた。


 部屋の照明は落とされており、正面の壁に掛けられた大型モニターの青白い光だけが、暗い室内を照らし出している。


 そのモニターにはテレビ会議のシステムが繋がれており、何分割にもされた画面の向こうに、他店舗の店長やエリアマネージャーらしきスーツ姿の大人たちがズラリと並んでいた。


 ただならぬ厳粛な空気に、私は思わず息を呑む。




「店長、これ……自分が居て良い場所ですか?」


「黙って聞いてろ」




 ヒソヒソ声で尋ねる私に、店長は興奮を抑えきれない様子で私の背中をバンと叩いた。

 傍らでは、私に売り場作りを任せてくれたフロアチーフも、腕組みをしながらニヤニヤと画面を見つめている。


 モニターの中央に映し出されているのは、本部の重役か、あるいは協賛のゲーム会社の担当者らしき、恰幅の良い男性だった。


 彼は手元の資料に目を落としながら、マイクに向かって仰々しく総評を読み上げているところだった。




『──今回、各店舗とも非常に趣向を凝らした素晴らしい売り場作りをして頂きました。ただ商品を並べるだけでなく、お客様の目を引くPOPの配置など、努力の跡が見られました。……ですが、今回は群を抜いて、ゲームの世界観への深い理解と、再現度の高い店舗が一つありました』




 画面越しの声が響く中、店長が私の肩をグッと力強く掴んだ。




『ただの販促ツールに留まらず、フィギュアを用いた躍動感のある配置。そして何より、陰影を計算した照明の工夫。まるで売り場がそのままゲームの舞台になったかのような没入感。見事な空間デザインでした』


「……空間、デザイン」




 その言葉に、私は思わず小さく呟いていた。


 今も売り場には製作に丸一日掛けたジオラマが広がっているが、肝心のゲームソフトは全て売れてしまって、ぽっかりと穴が空いてしまっている。


 発注は掛けているが、かなり人気があるらしく中々店舗には入ってこない。




『それでは発表します。今回のディスプレイグランプリ、堂々の最優秀店舗は……』




 画面の向こうの男性が、一度言葉を区切ってカメラの向こうで笑顔を見せた。




『──1151番店! おめでとうございます!』




 その瞬間、暗い会議室の中に「うおおおおっ!」とチーフや社員たちの歓声が弾けた。


 同時に画面の向こうの他店舗の店長達からも、一斉に拍手が巻き起こる。




「やったな結城! ほら、挨拶しろ挨拶!」




 店長に背中をどやされ、私はカメラの前に押し出された。




「え……あ、最優秀、賞……?」 




 私は呆然と立ち尽くしたまま、画面の中で拍手をしている大人たちの姿を見つめていた。


 ただの専門学生のアルバイトが、大好きなゲームの世界を自分の手で形にし、それがプロの大人達から「最高だ」と認められたのだ。


 じわじわと胸の奥の深いところから湧き上がってくる熱い喜びに、どうしても口角が緩んでしまう。




「あの、えーと……あ、今回ディスプレイの担当をした結城です。ありがとうございます……。その、光栄です」




 私が深く頭を下げると、会議室は再び温かい拍手と笑い声に包まれた。


 学校では、良くも悪くも目立たない。


 恋愛という土俵では、私は彼女の孤独を埋めるための『都合の良い小道具』でしかないと諦め、自分を卑下し続けてきた。


 ──だが今の私には、そんな惨めな自尊心を塗り替えてくれるほど、胸を張って誇れる確かな結果があった。


 自分が生み出したものが誰かの心を動かし、価値ある物として認められたという事実。


 それは、重く淀んでいた私の日常の空気を爽やかな秋風が吹き抜けていくような、これまでに味わったことのない鮮烈な達成感だった。




 ──そうだ。

 私が目指していたのはこれなのだ。




 誰かの『特別』にはなれない。

 空っぽの『自分』は認めてもらえない。

 どこにも私の『居場所』は無い。


 ならせめて、私が生み出した『モノ』くらい、この世界に置かせて欲しくて。


 ……だから私は、モノづくりの道を選んだのだ。

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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