第42話 目のやり場に困ります
私たちは巨大なショッピングモールの中を、目に入る店舗や商品について適当な話を続けながら、いよいよ目的のレディースフロアへと辿り着いた。
無数に立ち並ぶブランドのロゴを眺めながら歩いていると、東雲さんが「あ」と小さく声を上げる。
「結城くん、あのお店! 私がいつも服買ってる所! 地元にあるやつの倍くらい大きい!」
彼女が指差した先には、木目調のナチュラルな内装に、暖色系の柔らかい照明が灯るアパレルショップがあった。
マネキンが着ている服を見ても、確かに彼女が普段着ているような、ふんわりとした可愛らしい系統の服が多い。
入り口付近のフロアマップをちらりと確認すると、右半分がレディース、左半分がメンズエリアとして区切られているようだった。
「ここはメンズもあるんですね。それなら自分はあっちの……」
「え! 一緒に見ようよ!」
逃げ道を作ろうとした私の言葉を遮り、東雲さんは私の服の袖を摘んで軽く引っ張った。
「……ですよね」という苦笑いだけを返す。
結局、私は渋々彼女の後に続き、華やかなレディースエリアの奥深くへと足を踏み入れることになった。
周囲は当然ながら女性客ばかり。
通路を二人して歩くからか、単純に私が男だからか、妙に避けられている気がして、やはり少し居心地が悪い。
「んー……ハワイ、ハワイ……」
東雲さんは真剣な表情でラックの間を縫いながら歩く。
私もその少し後ろを付いて歩いた。
『ハワイ、ハワイ』と呟きながら歩く彼女の背中を追う。
ハワイという概念を探してアパレルショップを彷徨うなんて、私の人生においてもう二度とない経験かもしれない。
「結城くん、これとかどうかな?」
不意に振り返った彼女は、鮮やかなターコイズブルーのサマードレスをハンガーごと自分の胸の前に当てていた。普段の彼女なら選ばないような、南国特有の色鮮やかで少し大胆なデザインだった。
「……少し派手じゃないです?」
「ハワイなんだから、これくらい色があった方が良くない?」
「色というか……目のやり場に困ります」
私が淡々とツッコミを入れると、彼女は「ふふっ」と笑い、そのサマードレスを腕に掛けた。
……私は否定的な意見を出したつもりだったが、腕に掛けるということは試着か、もしくはもう買うことに決めたということだろうか?
「じゃあ、こっちは?」
次に彼女が自分の体の前に当てたのは、淡いイエローの、裾にフリルがあしらわれたワンピースだった。
「……可愛いと思いますよ。やっぱり派手かなとは思いますけど」
「じゃあキープ!」
そんな風に、彼女がアレコレとヒラヒラした南国風の服をピックアップしては胸に当てて振り返り、私がそれにコメントを返すという散策がしばらく続いた。
やがて、腕の中に数着の候補を抱え込んだ彼女は、満足そうに頷く。
「ちょっと着てみるね! あそこの椅子で待ってて!」
彼女が指差したのは、試着室のすぐ外に設置された、連れの着替えを待つためのソファだった。
私は大人しく定位置に腰を下ろし、試着室の白いカーテンを見つめた。
中から、衣類が擦れる微かな音が聞こえてくる。
今、あの薄い布の向こう側で、彼女が着替えている。
そういう事実を必要以上に意識してしまうのは、私がまだ十代の男子だからだろうか。
答の出ない思考を巡らせていると、シャッ、と唐突に目の前でカーテンが開かれた。
「……どうかな?」
顔を上げると、そこには先程のターコイズブルーのサマードレスを着た東雲さんが立っていた。
リゾート特有の少し大胆なカッティングが、彼女の白い肌と華奢な肩のラインを際立たせている。
「可愛いというか……もう綺麗です」
私がそう告げると、東雲さんはパッと顔を輝かせた。
「ほんと? じゃあ、次これね!」
彼女は再びカーテンを閉める。
そして数分後、今度はイエローのワンピースで現れた。
「これは?」
「……可愛いです。ハワイの景色に合いそうですね」
「えへへ。じゃあ次はこれ!」
それから数十分の間、私は試着室の前で、ひたすら彼女のファッションショーを見届けることになった。
どれを着ても彼女が持つ柔らかい雰囲気と見事に調和していて、本当に似合っている。
だから私も嘘偽りなく「可愛いです」「似合ってます」と繰り返した。
だが、当然の事ながら、それでは物事は前に進まない。
「うーん……」
集めた候補を全て試着した東雲さんは、元の服に着替え、数着の服を抱えて出てくると、ソファの隣に座って深く溜息をついた。
「……結城くん、結局どれが一番良かった?」
「全部良かったですよ」
「またそれ。全部に『可愛い』とか『似合ってる』しか言わないんだもん。全然絞り込めないよ」
彼女は少しだけ恨めしそうに私を睨む。
「だから言ったじゃないですか。私に聞いても仕方ないって」
「そういう事言ってるんじゃないよ! もう……」
むくれる彼女の手元にある、最終候補らしい二着の服を見る。
一つは一番最初に着ていたターコイズブルーのドレス。
もう一つは、首元が少し広く開いた、シンプルなコーラルピンクのワンピースだった。
女性服のトレンドなど私には分からない。
だが今……思い浮かぶ明確な判断基準が一つ、あるにはある。
「……こっちのピンクの方にしたらどうです? 上にカーディガンか何か羽織れば。……このままだと、その……露出が多くてセクシー過ぎるので……」
私が指差すと、東雲さんは少し意外そうな顔をした。
「結城くん、こういうシンプルなのが好きなの?」
「私の好みは関係ありません。……でも、さっき買ったネックレス、ありますよね」
私は、先程小さな紙袋が仕舞われたはずの彼女のバッグを見る。
「あれを着けるなら、こっちの柄物より、こっちのワンピースの方がシンプルで絶対に映えると思います。首元も少し開いてるので、丁度ネックレスと首元が綺麗に見えるはずですよ」
私がそう理由を説明すると、東雲さんはハッとしたように目を丸くし、それからふわりと、心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「……そっか。そうだね。さっき買ったネックレスと合わせるんだもんね」
彼女はコーラルピンクのワンピースを胸に抱きしめ、私の方を真っ直ぐに見つめた。
「結城くん、ありがとう。私、これにする」
「私は思ったままを言っただけです。私が可愛いと思ったんですから、大抵の男子になら可愛く映りますよ」
「ふふ、またそれ。……結城くんって、本当に私のことよく見てくれてるよね」
「……今日は見るのが仕事ですから」
それは悪気のない、純粋な言葉。だと思う。いや思いたい。
言葉の一つ一つが、私の胸の奥にチクリと小さな針を刺す。
よく見ているのではない。
見てしまうのだ。
彼女が私以外に対しても、そんな無防備な笑顔を向けるのかと思うと、気になって仕方がないだけなのだ。
「それじゃあ、まずは一着、買うということで良いですか?」
「あ、勿論! ちょっと買ってきちゃうね!」
弾むような足取りでレジへ向かう彼女の背中を見つめながら、私は自分の心のバッテリーが、物理的に外側から傷だらけになっていく様をイメージしてショルダーバッグを肩に掛け直した。
やがて、大きなショップ袋を提げて戻ってきた東雲さんは、満面の笑みでフロアの左半分をビシッと指差した。
「お待たせ! じゃあ、次は結城くんの番ね。あっちのメンズエリアに行こっか!」
「……やっぱり、そうなりますよね」
私はゆっくりと立ち上がると、観念して彼女の後を追うのだった。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




