第38話 まさか付けてきたんですか?
客足の落ち着いた平日の夕方。
私は、先日完成したジオラマの微調整に追われていた。
売り場に置いている以上、見本のパッケージは位置がずれるし、小さな子供が触って展示のジオラマが崩れたりもする。
それを接客の合間を縫って、少しずつミリ単位で調整しては完璧な状態へと戻していくのだ。
「へぇ、すごい。これ、結城くんが作ったの?」
「?!」
背後から不意に降ってきた声に、私は心臓が跳ね上がった。
振り返ると大好きな……じゃなかった、見慣れた人物が立っていた。
薄手のポンチョを羽織った可愛らしい東雲さんが、ジオラマの端に飾られたフィギュアを興味深そうに覗き込んでいる。
「東雲さん……?! どうしてここに?!」
「結城くん、制服も似合ってるね。大人っぽく見えるよ? ふふ」
目を丸くする私をよそに、彼女は私の胸元のネームプレートやインカムを指差して、くすくすと悪戯っぽく笑った。
私は慌てて周囲を見渡し、思わず声を潜める。
「教えないって言ったのに……まさか付けてきたんですか?」
「違うよ。失礼だなぁ」
私が呆れたような目を向けると、彼女はむっと唇を尖らせた後、今度は名探偵が犯人を追い詰める時のように、楽しげな足取りで私の周りをぐるぐると歩き出した。その煽り方は心臓に悪いのでやめていただきたい。
「お買い物に来たら偶然。本当偶然ね、結城くんを見つけたの。でもずっと真剣な顔で飾り付けしてたから、終わるまで声掛けそびれちゃっただけなの」
「買い物って……電器屋にですか?」
私の問いかけに、彼女は少しだけ照れくさそうに視線を逸らし、自分の指先を弄りながら答えた。
「あのね、ゲーム機、買いに来たの」
「ゲーム機? 東雲さんが?」
予想外の答えに、私は思わず聞き返してしまった。
彼女がゲームをやっている姿なんて、一度も見たことがない。
すると東雲さんは、下から覗き込むようなずるい角度で私の顔をちらりと窺いながら言った。
「うん。……昼休みにさ、結城くんたちが遊んでるのを見てたら、私も一緒にやりたくなっちゃって。だから、結城くんと同じゲーム機と、そのソフトを買いに来たの」
彼女の言葉はとても意外だった。
決して安くはないゲーム機本体とソフトを、わざわざ自分で買いに来たというのだ。
『彼女は君を手放したくないだけ』
頭の奥でみかん箱さんの言葉がリフレインする。
一度も肉声を聞いたことはないけれど、脳内で勝手に再生される年上の女性の優しい声で、ひどく冷酷にリフレインする呪いの言葉。
だが、ただの『都合の良い小道具』を繋いでおく為だけに、全く興味のない分野にまで足を踏み入れ、数万円という決して安くない代金を払ってまで、私の趣味に合わせようとするものだろうか。
それがテクニックだと言われれば納得もしてしまいそうだが、彼女の不器用な行動は、私の心に張り巡らされた冷たい理性を、またしても根底からグラグラと揺さぶっていた。
「ゲーム、全然やったことないんだけど……私でも大丈夫かな?」
「……まぁ、最初は難しいかもしれませんけど、慣れれば誰でも遊べますよ。それに四人で協力プレイも出来ますから」
私がそう答えると、東雲さんの顔がパッと明るく輝いた。
「ほんと? じゃあ、結城くんが教えてくれる?」
「……私で良ければ幾らでも」
「ふふ、やった。それじゃあ店員さん、私にぴったりのやつ、案内して?」
彼女は一歩前に出て、私の顔を覗き込む。
その笑顔は、花火大会の夜からどこか遠慮がちだった彼女のものとは違う、心底嬉しそうな、無防備で純粋なものだった。
私は小さく溜息を吐きながらも、インカムのイヤホンを軽く押し込み、店員としてのポーカーフェイスを被り直した。
「案内も何も、私と『お揃い』のやつですよね」
「っ……うん」
一本取られたというように、彼女がほんのりと頬を赤く染めたのを見てから、私はマイクのスイッチを入れた。
『ゲームコーナーのお客様、結城、案内入ります』
そして、この日一番の可愛らしいお客様に向けて、私と同じゲーム機一式の案内を始める。
「ではお客様。ソフトと本体のセットですね。あちらのレジでご案内いたします」
「はーい」
私の案内に、東雲さんは弾むような足取りでついてくる。
後ろを歩く彼女の気配を感じながら、私はインカムで圧迫されている耳の奥だけでなく、胸の奥の方までが、じんわりと温かく火照っていくのを否定できなかった。
このままでは、彼女の引力に骨の髄まで呑み込まれてしまう。
──頭の片隅でそう激しく警鐘を鳴らす自分と、彼女とゲームで遊ぶこれからの昼休みをどうしようもなく甘い期待と共に待ち望んでしまっている自分が、その日は一日中、心の中で醜く争い続けていた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




