第37話 言い逃れの出来ない距離感
あの大輪の花火と共に散った、決定的な何か。
それが何であったのかを確かめる事も出来ないまま、気が付けば季節は暦の上では秋へと移ろっていた。
八月が終わり、新学期が始まっても、私達の関係は何も変わらなかった。
いや、変わらなかったのではない。
互いに「変えられなかった」のだ。
そして今、十月半ば。
しかし季節を気温で測るなら、間違いなく今日も夏である。
昼休みの喧騒の中、私のデスクの周りには杉田さんと裕介さんが椅子を持ち寄って陣取り、三人で小さな液晶画面と睨み合っていた。
「杉田さん、罠をお願いします! 裕介さんは体力ミリだから一旦下がって回復です!」
「おわっ! マジか! ヘルプヘルプ!」
「こっち引きつけます。回復終わったタイミングで罠に掛けて、三人で一気に叩きましょう」
カチャカチャと小気味良いボタンの音が、教室の雑音に混じって響く。
流行りの携帯ゲーム機の画面はスマホよりも大きく、物理ボタンが付いている分、スマホゲームよりも圧倒的に直感的に遊ぶ事が出来る。
やはり、画面をただタップするのと、コントローラーをガチャガチャと握り締めるのでは訳が違う。
ゲームに関しては昔からやり込んでいたこともあり、このメンバーの中ではすっかり司令塔の役割を担っていた。
敵の挙動パターンを読み切り、ミリ単位の操作で巨大なモンスターの攻撃を華麗に回避していく。
防御力は後回し、攻撃力に全てを振り切り、敵の攻撃は全て躱すくらいの気持ちが私のスタイルだった。
──もっとも現実の私は、彼女の無自覚な攻撃を何一つ躱せず、分厚い防御の壁で何とかしようと必死になっている。
「……結城くん、すごいね。全然攻撃当たらないんだ」
右の耳元で、感嘆の吐息が漏れた。
声の主は、私のすぐ隣に座っている東雲さんだ。
彼女は自分のゲーム機を持っていないし、ルールの欠片も理解していないはずなのに、昼休みになると、まるで指定席のように私の隣へやってきて、こうして画面を覗き込んでいる。
彼女が画面を見ようと身を乗り出すたび、私の右肩に彼女の華奢な肩が触れた。
薄手の浅葱色のカーディガン越しに伝わる、微かな体温。
そして、いつもの甘い香りがふわりと香る。
肩と肩が触れ合う、言い逃れの出来ない距離感。
私の視界の右端には、私の手元を真剣に見つめる彼女の横顔が常に入り込んでいる。
こんなにも物理的な距離は近いのに、私たちが恋人同士になる可能性は……きっと、永遠にゼロなのだ。
「おっし、討伐完了! やっぱ結城がいると安定感が違うわ」
「僕らだけだと勝てなかった敵も、結城くんに手伝ってもらって初めて勝てたからね。やはり経験者は動きに無駄がないよ」
杉田さんと裕介さんが大きく伸びをしながら安堵の声を上げる。二人は、私の右隣に当然のように張り付き、肩を寄せ合っている東雲さんのことをチラリと見たが、特に気にする素振りも見せなかった。
夏休み明けの「手作り弁当」を経て、昼休みになれば彼女が私の隣を陣取るこの光景も、誰かに囃し立てられることなく、すっかりクラスの日常風景として溶け込んでいた。
……あの夜。
私はあんなにも決定的な線を引いた。
距離を置かれても仕方ないはずなのに。
夏休みが明けても彼女の態度は変わるどころか、寧ろ物理的な距離を詰めてきている。
その事実が、あの残酷な指摘を完璧なまでに裏付けてしまう。
私という安全で無害な「居場所」を失わないために、彼女は必死に私を繋ぎ止めようとしているのだと。
「結城くん、次の授業の準備、手伝おうか?」
ゲームを終えて片付けを始めた私に、東雲さんがいそいそと声を掛けてくる。
「あ、大丈夫ですよ。午後イチは……デッサンなので実習室の方ですよね。ゲームで遊んでて遅れたなんてことになったら、東雲さんに悪いですから」
私は彼女に優しく微笑む。
また一つ、自分のポーカーフェイスが上手くなった気がした。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




