第31話 女の子ってそういう生き物なの
本当は、今日の出来事なんて誰にも話したくなかった。
けれど、私の不器用な作戦会議に真剣に付き合い、ずっと背中を押し続けてくれた仲間たちを、必要以上に待たせるわけにもいかない。
私は重い腰を上げてパソコンの電源を入れ、お気に入りリストから、自分のブログの管理画面へとアクセスした。
中学生の時から毎日欠かさず更新してきたブログには、私の報告を待ちわびる見ず知らずのコメントが既に数十件も集まっている。
もう見ず知らずとは言い難い程の関係を築いている人たちだが、私は顔も声も本名も知らない。
いや、演劇部の元気いっぱいな看板娘の顔だけは、忘れようにもしばらく忘れられないだろう。
「……ふぅ……」
深呼吸をして、いざ記事の入力画面を開く。
花火大会。
着付け。
幼馴染。
駐車場。
クレープ。
夏の大三角。
事実だけを淡々と、極力感情を挟まないように打ち込み、最後に一文だけ、自分への戒めのように添えた。
『伝えることは叶いませんでしたが、
私は彼女のことが大好きです』
更新ボタンを押す。
そして数分も経たない内に、ブラウザの通知音が連続して鳴り始めた。いつも私を優しく応援してくれていた仲間たちの反応は、しかし今回ばかりは決して好意的なものではなかった。
【ベスト】(演劇部)
『ちょっと待って! 蒼さん、何でまた勝手に舞台を降りちゃうの?! 完全にここからが見せ場、どんでん返しのチャンスだったじゃん……! 役者が勝手に幕を下ろしたらダメだよ! 伝えなきゃ意味がないって言いましたよね?!』
【緋色】(ゲーマー)
『馬鹿なんですか? 大好きな人を譲り合うとか正気ですか? そもそも心ってのは、人から盗んで手に入れるものなんですよ!』
【誠】(トラックドライバー)
『この前も似たような言い訳してなかった? もしくはただの高度なノロケ? 俺たち釣られてる? 絶好のタイミングで急ブレーキ踏むとかヘタレ過ぎだろ』
画面をスクロールする度に、容赦のない呆れ声や、ベストさんからの演劇部らしい熱い叱咤が目に飛び込んでくる。
……彼らの言う通りだ。
私は自分が悪者になって傷つくのが怖くて、彼女の行動の裏にあるかもしれない真意を探る事から逃げ出したのだ。
甘んじて批判は受け入れよう。
そう思って画面を閉じようとした時、モニターの隅に、見慣れないポップアップがポンと表示された。
『新着メッセージが1件あります』
「……メッセージ?」
それはブログのダイレクトメッセージ機能。
開設当初に設定したきり、ほとんど使ったことがない機能だった。一対一でやり取りをしたい時に使うものだが、個人的な内容なんて、そもそもブログの読者と交わす機会がない。
「えーと……DMって、どこから見ればいいんだ……?」
管理画面のメニューをあちこちクリックして探す。
「あ、あったあった」
受信箱のアイコンを見つけ、私は徐にクリックする。
差出人は、以前から度々女性ならではの視点でアドバイスをくれていた主婦の方、みかん箱さんからだった。
【みかん箱】(主婦)
『蒼さん、もしキツい言い方になっていたら、ごめんなさい。
コメント欄でベストさんたちが「いけいけ!」「諦めるな!」ってすごく盛り上がっている中だと、水を差すようで少し言いにくかったから、直接のDMにさせてもらいました。
今話題になっている相手の子、同性の私から見ると、ちょっとタチが悪いかもです。
彼女、自分が可愛いことや、男の子からどう見られてるかを無意識に自覚しているタイプだと思います。
無意識ならまだ良い方で、それが万が一悪意的だった場合は、タチが悪いなんて言い方では甘いくらいです。
蒼さんには残酷かもしれないけど、彼女はただ、自分になびきやすい男子に依存して、そして同時に相手を依存させて、自分に都合の良い「居場所」として利用しているだけだと思います。
専門学校っていう新しい環境で、地元の幼馴染とも離れて不安な中、優しくて何でも言うことを聞いてくれる蒼さんは、彼女にとってすごく手頃だったと思う。
実際、隣にいるのは誰でも良かったんだよ。蒼さんの存在は、彼女が「クラスで浮いていない、充実している自分」を演出する為の小道具に過ぎないの。
もし入学当初、隣の席になったのが別の男の子だったなら、彼女は全く同じシナリオを全く同じように、蒼さんではなく、その子と演じて過ごしたはずです。
もしかすると着付けの彼がその前任者なのかもしれません。
それどころか「幼馴染」というのも嘘で、本当は「元彼」いや「今彼」の可能性だってある。
蒼さんには本当に悪いと思うけど、女の子ってそういう生き物なの。グループ内や教室での自分の見え方を気にして、無意識に立ち位置を計算しちゃうものだから。
可愛い女の子に言い寄られて楽しいのは分かるけれど、今まで女性経験のなかった蒼さんが本気で好きになった相手に、これから傷付けられてしまうのを黙って見ているのは我慢出来ませんでした。
もし余計なお世話だったなら、お返事はなくても構いません。
ゆっくり休んで下さい。お祭り、お疲れ様でした』
「…………」
公開されているコメント欄の熱い言葉なんて比にならない程、みかん箱さんからの個人的なメッセージは冷たく、鋭く、私の胸の最も柔らかい部分を無慈悲に抉り取った。
確かに、彼女を悪く言われたことに反射的な怒りも湧いた。
キーボードを叩いて反論したかった。
……けれど、指は動かない。
何故なら、その残酷な考察は、私自身がずっと心の底で恐れ、本能的に見ないよう蓋をしていた「一番認めたくない可能性」だったからだ。
私じゃなくても良かった。
隣の席に座ったのが偶然私だったから。
『安全で、絶対に自分を裏切らず、都合よく好きになってくれる無害なモブ』──そんな彼女の空虚なピースを埋めるためのポジションに、今回はたまたま私が居合わせただけ。
今日、たった今自分の手で書き記し、ようやく自覚したばかりのこの熱くてどうしようもない恋心すらも、最初から彼女の手の平の上で踊らされているだけの、滑稽な一人芝居だったのだとしたら。
…………カタ。
……と、マウスから手を離す。
画面の中では相変わらず、ネットの仲間たちが、公開コメント欄で「告白しろ!」と無責任に盛り上がり続けている。
この遠慮の無い指摘が、誰の目にも触れないクローズドなDMで送られてきたことだけが、せめてもの救いだったのかもしれない。
これだけ容赦が無いと、逆に真実味を帯びてくるのが不思議だった。もう少し私に気を遣っても良いくらいだ。
私ならそうする。
それだけ私とみかん箱さんが仲の良い証拠ではあるが、彼女の辛辣さに少し笑いが零れ、寧ろ元気を貰えた気さえする。
初めて他人に現実を突き付けられて、自分でも「そうかもしれない」と恐れていた分「やっぱりそうとしか思えないよな」と、妙に納得して、安堵すら覚えている自分がいる。
誰にも言えない秘密の作戦会議室。
こうして、私の──いや、私だけの身勝手で痛々しい『終わらない夏』は、夜空の彼方に置いてきた私の恋心と、みかん箱さんから突きつけられた鋭利な真実によって、誰に告げられることもなくあっさりと幕を閉じた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




