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第22話 『た・の・し・み』

 すっかり日が落ちた夜の田舎道を走り、私は東雲さんの実家の前まで車をつけた。


 庭先に車を停め、エンジンを切る。


 ふっと低いモーター音が途絶えると、遠くで鳴く初夏の虫の音だけが、穏やかで湿った夜の空気と共に車内を包み込んだ。



「……結城くん、今日はありがとう。運転お疲れ様」



 カチャリとシートベルトを外し、ドアノブに手をかけようとした東雲さんを、私は意を決して呼び止めた。



「東雲さん! ちょっと待って下さい!」


「……え?」



 不思議そうに振り返る彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、私はハンドルから手を離して、姿勢を正した。



「少し……良いですか?」


「うん」



 東雲さんは伸ばした手を引っ込め、助手席にちょこんと座り直した。



「あの……この前……東雲さんが家に来た時、言ってましたよね……クラスに馴染めてないかもって」


「……うん」


「話を聞いてから、それってもしかしたら自分が一緒に居るせいなんじゃないかって思って……」


「……うん」


「東雲さんの為だなんて言い訳して……変に距離を置くような態度を……取りました」


「……そうなのかなって。実はちょっと思ってた」


「それを謝りたくて……実は今日誘いました」



 自分の独りよがりな情けなさを、そのまま口にする。



「……申し訳ありませんでした」



 東雲さんは一瞬、驚いた表情を見せたが、静かに私の言葉に耳を傾けてくれていた。 



「でも今日、ベストさんたちの劇を見て気付かされたんです。傷付くのが怖くて、自分勝手に結論を出して、人と向き合うことから逃げるんじゃなくて……不格好でも、自分の言葉でちゃんと届けなきゃ駄目だって」



 薄暗い車内。

 メーターパネルの微かな明かりだけが、私たちの顔を照らしている。



「自分は……教室でする他愛もない話も、今日みたいに一緒に出掛けるのも、東雲さんといる時間はたまらなく楽しいです。でもそれだけじゃ……東雲さんは楽しくなかったんだと思ってしまって……」



 飾らない、等身大の自分の本音。

 静まり返った車内。

 東雲さんは信じられないものを見るように瞬きをした後、ふっと肩の力を抜いた。

 それから、窓の外の街灯の柔らかな明かりに照らされた彼女の頬が、じんわりと赤く熱を帯びていくのが分かった。



「……うん。結城くんって、たまに直球を投げてくるから……少し処理が追いつかないよ」



 東雲さんは視線を泳がせて、白いブラウスの裾をぎゅっと握りしめている。

 彼女は小さく息を吐くと、少し潤んだ瞳で私を見つめ返してくれた。



「私が一番欲しかった『居場所』がどこなのか、君はちっとも分かっていなかったみたいだね」


「……?」


「……きちんとお礼を言わなきゃいけないのは私の方だ。その……私も結城くんと一緒にいる時間は勿論楽しいよ? ただ……それだけじゃ不満なの? なんて言われたら……何だか嫉妬してるみたいじゃないかい?」


「……嫉妬?」


「あの……あれだよ………君が………………私に」


「……?」


「……もうっ! 本当に分からないやつだなっ、君は!」



 彼女は耳元まで朱に染めたまま、助手席のシートに身を沈め、ふいっと窓の外へ顔を背けてしまった。


 しかし。


 窓ガラスにうっすらと反射したその口元は、どうしようもなく緩んでしまっているのが、私にも分かった。










 ***










「………………で?」




 いつもの昼休み。

 教室ではあちこちでコンビニ弁当の匂いが漂っていた。




「結局その後どうなったわけ?」




 私は自分の席を離れ、いつもの広いテーブルで裕介さんと一緒にツナのサンドイッチを頬張っていた。




「どうなったって……何がです? 無事に謝って……解決です」


「とぼけんなよ。演劇見に行って、帰りはお前の運転で二人きりのドライブだろ? 何もなかったわけねーじゃん」


「自分が何か起こせるような人間に見えます?」




 しかし裕介さんはまだ何か隠していると疑い、探るようなジト目を向けたままサンドイッチをもぐ、もぐ、と口に運ぶ。


 私はストローをくわえながら、思い出すだけで顔が熱くなるのを感じ、誤魔化すように頭を掻いた。




「まぁ別に……教えても良いんですけど……あの時は雰囲気に流されたというか……勢いで言っちゃったというか……」


「何を?」


「夏の……花火大会に、良ければ一緒に行きませんかって……誘いました」




 裕介さんが派手にお茶を吹き出しそうになった。




「……お、おぅ。マジか。……何か、初々しくてこっちが恥ずかしくなってきたわ。……で、反応は?」


「一応……頷いてくれたので。行く……という事かと」


「うわー、ごちそうさまー」



 大袈裟に天を仰いで呆れる裕介さんを横目に、私は本来の自分の席の方をチラリと盗み見た。


 私の空席のさらに奥で、東雲さんがいつものようにモニターに向かって静かにタイピングをしている。






 けれど、ふいにこちらを向いて私と視線が合うと、彼女はキーボードから手を離し、誰にもバレないように胸の高さで小さく、手を振ってくれた。


 そして、微かに綻んだ桜色の唇が、声を出さずに『た・の・し・み』と動く。






 私がニヤけそうになる口元を隠すように、最後のツナサンドを丸ごと口に放り込んだ瞬間──真横から振り下ろされた裕介さんのスケッチブックが、スパーンッ!と小気味良い音を立てて私の頭にクリーンヒットした。



「爆発しろ」

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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