第19話 君の運転で行かないかい?
教室の空気は相変わらずぎこちない。
まるで夢の中にいるような感覚。
もしくは古いホラー映画を観ている気分。
画質が粗く、台詞も無い。
子役が恐る恐る木造校舎を上履きで進んでいくような──何か起こるのではないか、誰か潜んでいるのではないかという、非日常に迷い込んだ子供ならではの不安感に襲われる。
……なるほど。
やはり免許証なんて持ったところで、私はまだまだ子供だったのだと、こんなことでも思い知らされる。
私は膝の上でギュッと拳を握りしめ、決死の覚悟で東雲さんに声を掛けた。
「あ、あの、東雲さん」
ビクッと肩を揺らした彼女は、机の下で見ていたスマートフォンを慌ててリュックのポケットに隠すと、小さな咳払いをしてこちらを振り向いた。
「………………何かな?」
彼女の前髪の奥の瞳は意外にも真っ直ぐに私を捉えている。
「今週末なんですけど……隣の県で、知り合いが参加する演劇の大会があるんです。その……息抜きがてら、もし良かったら一緒に見に行きませんか?」
私の言葉に、東雲さんは「隣の県……」と小さく呟き、顎に手を当てた。
「……移動手段は?」
「えーと……電車です。車だと二時間くらい掛かりますし……」
「結城くん」
彼女は私の言葉を食い気味に遮ると、椅子をくるりと私の方へ向けた。
「結城くんは先日、免許を取得したばかりじゃなかったかな?」
「え、そうですけど……」
「折角だし……それ、君の運転で行かないかい?」
「はい?!」
予想外の逆提案に、私は完全にフリーズした。
「隣の県ですよ……? 私はまだ初心者ですし、東雲さんを乗せていくなんて危なくないですか?」
「大丈夫だよ。私だって免許を持っているし、先輩ドライバーなんだから。助手席で完璧なナビゲーションを約束するよ」
えへん、と得意げに胸を張る少女。
その流れるような運転技術を思い出し、反論の余地がないことに私は小さく肩をすくめた。
たった数日なのに、無性に懐かしい感じがする。
昨日までの沈んだ様子から一転、急にお姉さんとしての余裕を見せてきた彼女のペースに、私はすっかり巻き込まれてしまう。
……しかし、私にとってはそれが何より嬉しかった。
「……分かりました。自分の不慣れな運転で良ければ」
「勿論! よろしく頼むよ!」
東雲さんは小さく、けれど力強く頷き、自分のモニターへと視線を戻した。
そして響き始めた彼女のタイピング音は、昨日までの沈んだ音が嘘のように軽やかで、どこか待ちきれない週末の足音のように、弾むリズムを刻む。
急な予定変更に戸惑いながらも、私は小さく息を吐き、ハンドルを握る週末の自分を想像して、少し、車の中を掃除でもしておこうかな……なんて。
東雲さんの隣で浮かれる気持ちをカチカチと、カチカチと鳴る、不規則なクリック音に乗せて隠した。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




