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第15話 御希望なら脱いでも良いのだよ?

 いつもと変わらない朝。

 始業前の教室で、私と東雲さんは普段通りに言葉を交わした。



「おはようございます。今日は少し涼しいですね」


「うむ。カーディガンを着てきて正解だったよ」


「いつも着てますけどね」


「御希望なら脱いでも良いのだよ?」



 挨拶も他愛のない雑談も、今までと何も変わらない。

 寧ろ、その日の彼女は少し上機嫌に見えた。



「そういえば結城くん。昨日の課題の続きなんだけど……」



 彼女が身を乗り出して話を続けようとした、その時。



「あ、裕介さん。ギターのケース、倒れそうですよ」



 私はスッと左隣に椅子を回転させ、東雲さんの言葉を遮るように裕介さんに声をかけた。



「おっと、サンキュ。危ねえ」



 裕介さんが屈んでケースを直す。



「はーい、席に着いてー。朝のホームルームを始めますよー」



 そしてタイミング良く教室のドアが開き、プリントの束を抱えた先生が入ってくる。


 右隣から、小さく言葉を飲み込むような気配がしたけれど、私はあえて振り返らなかった。






 *** 






 また別の日の昼休み。

 その日もいつもの仲良し四人組でお弁当を食べていた。



「今日のお弁当は彩りを意識して、タコさんウィンナーを二つ入れてみたの。結城くん、一つどう?」



 いつも手作りのお弁当を持参する東雲さんが、少し照れくさそうに、けれど期待を込めた上目遣いでタッパーを差し出してくる。


 以前の私なら、冗談を交えながらも喜んで貰っていただろう。


 しかし、私はレジ袋に入ったままのサンドイッチを取り出して、一つ二つとデスクに並べる。甘いミルクティーに、デザートのヨーグルトも買ってある。



「ありがとうございます。でも、今日はお昼が充実しているので大丈夫です」


「えっ……あ、そ、そっか。そうだよね」



 すっと差し出された白い指先が、行き場を失ったように微かに震え、そのまま力なく引っ込んだ。



「おっ、結城が食わねぇなら俺がもらうぜ! ラッキー!」



 空気を全く読まない裕介さんが、無邪気に笑いながらウィンナーをひょいひょいと二つ、食べかけの幕の内弁当の隅へと移した。……普通貰うなら一個だと思うが。


 その底抜けの明るさが、今の私たちの間にある冷たい空気を、余計に残酷に浮き彫りにする。


 東雲さんは救われたような、余計に惨めになったような顔で、曖昧に頷き、最後のウィンナーを口に運んだ。



 ふと視線を感じて顔を上げると、対面に座る杉田さんがコーヒーカップを口元に運んだまま、静かで、全てを見透かすような瞳で私を見つめていた。



 私はすぐに目を逸らし、味のしないサンドイッチを口に押し込んだ。


 酷く乾いた喉の奥を通るパンのパサつきが、まるで砂でも飲み込んでいるかのように、胃袋に重く沈んでいった。






 ***






 また別の日の授業中。


 課題で映画のポスターを制作する中で、東雲さんが遠慮がちに私に声をかけてきた。



「……結城くん。このキャッチコピーの配置なんだけど、縦書きと横書き、どっちが良いと思う?」



 私はただ正論だけを口にする。



「東雲さんのデザインは繊細ですから、どちらでも綺麗にまとまると思いますよ。もしくは……他の女子に聞いてみたらどうですか? その映画のターゲットは女性ですし、私の意見より参考になるはずです」



 右隣で、東雲さんが小さく息を呑む音が聞こえた。


 それは、些細な瞬間の積み重ね。


 一つ一つは小さな事でも、それが重なれば、不器用で繊細な彼女が、別の居場所を求めるには十分過ぎるだろう。



「……うん。結城くんの、言う通りだね」



 彼女はそう小さく言って、持っていたノートを小さな胸にギュッと抱きしめ、やがてゆっくりと立ち上がった。



「マーケティングの観点からも、女子の意見をリサーチするのは確かに最初のアプローチだ。……ちょっと、聞いてくるよ」



 無理やり作り笑いを浮かべているのが、見なくても分かった。


 彼女はゆっくりと歩き出し「あの、もし良かったら……」と、教室の反対側で集まっていた女子のグループに、ぎこちなく声をかけにいった。


 陽キャギャルのような女子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「いいよー、東雲さんもこっちおいでよー」と輪を開いてくれた。


 その光景を私は視界の端でただ見届けていた。



「お、東雲さんが女子に混ざってるの珍しいな!」



 左隣から裕介さんの呑気な声が聞こえた。



「……東雲さんだって女の子ですよ」



 そう、東雲さんは自身の感性にもっと自信を持って良い。


 私は彼女の背中を押したのだ。




 しかし。

 杉田さんはそうは思わなかったらしい。




 彼は無言のまま、去っていく東雲さんの背中と、マウスを力強く握りしめる私の手元を交互に見やり、誰にも聞こえないような微かな溜息をついた。


 そして、手元のコーヒーカップをコトリと置きながら、ポツリと呟く。



「……自分で苦味を足したコーヒーほど、不味いものはないと思うがね」



 それは私に向けられた言葉なのか、ただの独り言なのか。

 私はモニターから一切視線を外さずに、ただマウスをクリックし続けた。

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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