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第14話 人間関係だって同じです

 最初は、穏やかに時間が流れていた。



「ここの写真、もう少し彩度を落とした方が馴染みません?」


「なら、フォントも細いやつにして余白作る?」



 二人して画面を覗き込み、意見を交わしながら少しずつレイアウトを整えていく。


 タイピングする細い指先や、真剣にモニターを見つめる横顔。

 それに、ほんの少し顔を向ければ触れてしまいそうな距離感に、何も意識しなかったと言えば……嘘になる。


 ベッドとパソコンデスクとデスクチェア、服を掛けるハンガーラックに、パソコンとテレビとローテーブル。


 何一つ面白くない部屋に、十八年生きてきて初めての出来事が起きているのだ。


 緊張しない方がどうかしていると思うが、恋愛経験の無い私には、そういうロマンティックな展開に対する諦めのような達観があり、自分には関係のない世界の話だと割り切って生きている。


 正確には『割り切ろうと必死に言い聞かせている』。


 勿論可愛い異性と話すのは楽しいが、気の合う同性と話す楽しさと似たような物だった。


 その先に何かあるなんて勘違いをして、勝手に期待して傷つくくらいなら、最初から世界に絶望していた方がずっと楽なのだ。






 ***






 作業を始めて二時間が過ぎた頃、東雲さんが小さく息を吐いてキーボードを叩く手を止めた。



「……駄目だ。文字がゲシュタルト崩壊を起こしている」


「そうですね、一旦休憩にしましょうか」



 私は気分転換にと、壁際のテレビをリモコンで点けた。


 普段はテレビゲームをする時に使う大型の液晶テレビで、画面サイズはパソコンの何倍もある。


 見覚えのない学園ドラマが、二人きりの部屋に意味もなく流れ始める。


 床に座ったままベッドに寄りかかるようにしていた私と、相変わらず椅子の上で膝を抱えている東雲さん。


 画面の中の高校生が賑やかに修学旅行の計画を立てているのとは対照的に、部屋には静かな空白の時間が訪れていた。


 東雲さんがボソリと、呟くように口を開く。



「……良いな、楽しそうで」



 東雲さんは膝に顎を乗せたまま、特に姿勢を変えることもなく画面を見つめている。


 私は言葉の意図が良く捉え切れず、続く言葉を待ってしまった。



「……実はね。私は今、学校に行くのがあまり楽しくないんだ」


「……楽しく、ないんです?」


「クラスで浮いているのは自分でも分かる」



 それは彼女が見せた、初めての一面だった。



「教室に居るのが……怖いんだよ」



 ……もしかして、それを相談したくて今日は来たのだろうか。


 だとしたら私は何を期待されているのか。

 隣の席の男子に話して何が変わるのか。



 ……取りあえず私に出来る限りのフォローをしてみる。



「……まだ入学して三ヶ月ですし、専門学校なんて、みんな違う所から集まってきてるんです。慣れるのにも、距離を測るのにも、時間が掛かって当然です」


「そう……かな。でも、周りの女の子たちは、もうすっかり楽しそうなグループを作っていて……」


「それは単に、その人たちの処理速度が早いだけです。東雲さんには東雲さんのペースがあります。ほら、課題のデザインだって、東雲さんはじっくり時間をかけて、先生と沢山話もして、最後には誰にも真似出来ないような素晴らしい作品を作ったじゃないですか」



 私は彼女の横顔をじっと見つめながら、努めて穏やかな声で続けた。



「人間関係だって同じです。じっくりレイアウトを考えている途中なんです。だから、周りと比べる必要なんてありません」



 東雲さんは膝を抱えたまま、椅子を回した。

 前髪の隙間から覗く瞳が、私の言葉の意味を吟味するように、じっとりと私を捕捉している。



「……やっぱり結城くんは優しいね」



 彼女は自虐的に、けれど私の言葉を噛み締めるように小さく微笑んだ。


 それは求めていた言葉を貰えて満足なのか、それとも、お前も綺麗事を並べるだけの役立たずだな、そう言われているのか私には区別がつかなかった。


 自分に都合の良い解釈で世界を構築していくことは実に危うい。勝手に信じて、勝手に裏切られた気になり、勝手に自滅したりする。


 つまり、女の子が笑い掛けてくれただけで一々惚れていたらキリがないのだ。


 だが同時に、その可愛らしい笑顔を見つめながら、私の脳裏には一つの答らしきものが、様々な感情が渦巻く一番深い場所から、這い寄るようなスピードで心の水面へと浮かび上がっていた。



 授業中も昼休みも、彼女はいつも私や裕介さんといった男性陣の輪の中にいる。


 それこそ私にとっては東雲さんの言う『楽しそうなグループ』の一つだと思っていたが、他の女子のグループから見れば、それは『男子の輪に入り浸っていて少し話しかけづらい存在』として映るかもしれない。



 もし私が、都合の良い逃げ道になってしまっていたら。

 もし私が、隣に居ることで世界を狭めてしまっていたら。



 ……私は、彼女の結界を形作る、あのぬいぐるみの一匹になっただけではないだろうか。

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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