第12話 わ、私にもウーロン茶を
時間帯はもう夕方。
ジュージューとハンバーグの焼ける美味しそうな音と、客席を案内する店員の落ち着いた声が、ファミリーレストランの店内に溶け込んでいる。
窓際のボックス席。
普段の教室での横並びの席順──杉田さん、裕介さん、私、東雲さん──それを半分に折り畳んだように、私と東雲さんの正面に、裕介さんと杉田さんが座っている。
テーブルの真ん中には、少し端が折れ曲がった『準優勝』の賞状と、みんなでシェアするための山盛りのフライドポテトが置かれていた。
「……いやー、完全に油断してたな」
裕介さんが天井を仰いだ。
「誰だよ、ブライダル学科はか弱いキラキラ女子の集まりだって言ったやつ……!」
私はアイスティーで喉を潤しながら、体の奥に残る心地良い疲労感を静かに味わっていた。
決勝戦。
意気揚々とコートに立った私たちを待ち受けていたのは、圧倒的な力とスピード。
最上階の支配者であるブライダル学科の面々だった。
「こればかりは仕方ないね」
杉田さんがコーヒーカップを置きながら穏やかに言った。
「相手チームはゴリゴリの元バドミントン部だったらしいじゃないか。おまけに、数十キロあるウェディングドレスの重さに耐えるため、常日頃から地獄の体幹トレーニングを欠かしていないとか。いやはや、君たちはよく戦ったよ」
「同感です」
ストロベリーパフェの長いスプーンを両手でぎゅっと握りしめた東雲さんが、前髪の奥から真剣な眼差しを向けてきた。
「結城くんの試合スゴかったし! 手品みたいで!」
「東雲さんが言ってるのは第一試合の話ですよね? あと、パフェの生クリームが口元についてますよ」
「ひゃっ……! し、失礼……!」
顔を真っ赤にして、慌てて紙ナプキンで口元を拭う彼女の姿に、杉田さんがフフッと声を立てて笑い、テーブルに温かな空気が満ちていく。
窓の外は昼間の大雨が嘘のように、夕暮れの空が静かに澄み渡っていた。濡れたアスファルトが、街灯のオレンジ色を優しく反射している。
また明日から、無機質な教室でモニターと向き合う日常が戻ってくる。
それだけが楽しくて仕方ないと思っていたのに。
けれど今、私の目の前には、こうして肩の力を抜いて笑い合える人たちがいる。
「よし! 準優勝の祝杯だからな。おかわり行ってくるわ」
「あ、裕介さん。自分のアイスティーもお願いします」
「僕にはコーヒーを頼むよ。ブラックで」
「……わ、私にもウーロン茶を」
「三つも四つも持てるかぁ! お前らも来い!」
裕介さんのツッコミと共に、ドリンクバーのグラスが、中の氷をカランと涼しげに鳴らした。
***
私たちは学校前で裕介さんと杉田さんと別れた。
駅の方へと向かう二人の背中を見送り、私と東雲さんは二人並んで駐車場へと歩き出した。
「あの二人、これからライブハウスって……体力ありますね」
「私が行ったら絶対もみくちゃにされてしまうよ……」
「私も流石に、跳んで跳ねての体力は残ってないですね……」
雨上がりの涼しい風が、火照った体を優しく冷ましてくれる。
しばらくの無言の後、隣を歩く東雲さんがぽつりと呟いた。
「……結城くん」
「はい」
「今日は……あの…………カッコ良かったね」
「負けちゃいましたけどね」
私がそう訂正すると。
ポシェットの上でふわりと揺れた二匹のカエルごと、彼女がこちらへ勢いよく振り返った。
「……来年は!」
「来年?」
「ら、来年は……バドミントン、教えてくれる? その……隣に立てるくらいには、上手くなりたいから」
『体育館の隅で背景と同化する』と絶望していたはずの彼女の瞳は、さっきまでの体育祭の熱気よりもずっと熱く、真っ直ぐな光を帯びていた。
ダブルスのペアという意味だと頭では分かっているのに、どうにも耳の奥が熱い。
「勿論です。それならまず、体力をつけないといけませんね」
「む……! 任せたまえ! 君がやるのなら私も付き合うぞ!」
「……私が付き合う側では?」
夜道に響く彼女の少しだけ誇らしげな声を聞きながら。
私は、この騒がしくて心地良い日常が、これからもずっと続いていけばいいのにと、心からそう思っていた。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




