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第11話 漆黒のカーボンフレーム

「第二コート、第三試合を始めます。デザイン学科、プログラム学科の参加者はコートに入ってください」



 アナウンスに呼ばれ、私たちはコートに入る。


 ネットを挟んで向かい合ったプログラム学科の二人は、手にしたラケットを自信ありげに揺らしていた。



「自前のラケットを持ち込んでいるのが、お前たちだけだと思うなよ?」


「これが一万八千円のプロ仕様! 漆黒のカーボンフレームが、お前たちの貧弱なバドを圧倒する!」



 彼らが放ったいかにも頭の悪そうな挑発に、私と裕介さんは顔も見合わせず、ボソリと呟いた。



「……こいつら、何と戦ってるんだよ」


「百円ショップですよ」



 漆黒のカーボンフレームだか何だか知らないが、まさしく私が今握りしめているのは、既にグリップのテープが剥がれかけている歴戦の『三百円(税別)』である。


 審判のホイッスルが鳴り、試合はゆっくりと幕を開けた。

 しかし序盤、相手の宣言通り、力強いスマッシュが私たちのコートに早速突き刺さる。



「よしっ! スピード、角度、完璧ぃ!」


「はいっ! ナイッ、シュー!!」



 ハイタッチで歓喜するプログラム学科ペア。

 私はコートの端へ転がったシャトルを拾い上げながら、小さく息を吐いた。



「確かに速いですけど……」


「力任せって感じだな」


「そうですね。……練習通り、やってみましょう」


「え、お、おう。……なんか結城、妙に気合入ってんな?」


「別に。いつも通りですよ」



 そう、いつも通りで良い。

 次のラリーが始まる。

 余計な感情は、今は要らない。

 先ほどの試合で胸を刺した、あの名付けようのない痛みはひとまず隅に置いておく。

 相手の視線、足、腕、その二人分から目を離すな。



「来るぞ! 左だっ!」



 プログラム学科の片方が私の大振りな腕の向きを見て、もう片方が言われるがままに左側へとステップを踏む。


 陣形なんて物はなく、程良く互いが邪魔にならない距離感で、何となくシャトルが来そうな位置に行く。


 素人のバドミントンなんてそんな物だ。


 私は大きく振りかぶったラケットを思い切り振り抜いた後、ふっと力を抜き、手首の力だけでシャトルを逆方向へと鋭く弾いた。


 スタンっ……という気の抜けた音と共に、シャトルは彼らの警戒とは反対側のライン際で、実に軽やかな音を立てて落ちた。



「は……?」



 完全に逆を突かれた二人は、足を止めたまま、床に落ちたシャトルを呆然と見つめている。



「おい! 右じゃねぇか! ちゃんと見てたのかよ!」


「いや、今のは明らかに……!」



 仲間割れして混乱する相手ペアをよそに、背後の裕介さんが私に向かってパチン、と指を鳴らした。



「ナイス。性格悪くて最高」


「ありがとうございます」



 そして試合は割と一方的に進み始める。

 全力でスマッシュを打ち込むべく力む相手に対し、私は裕介さんと横に広がり、一つ一つ、シャトルを確実に受け流していく。


 一つ一つ確実に受け流していく姿勢の中で、裕介さんは私に任せても良いはずのチャンスボールを我先にと掴みに来る。


 そのタイミングの読めない野生の瞬発力と、私のフェイントの緩急で相手の意表を突きながら攻める。



「くそっ、またかよ!」


「小細工ばっかりしやがって! 正々堂々戦え!」



 ネット越しに飛んできたプログラム学科からの野次に、私は軽く肩をすくめてシャトルを打ち返した。



「それなら、どうぞ」



 直後、私が作った空きスペースへ、背後から裕介さんが勢いよく飛び出し、正々堂々の強烈なスマッシュを叩き込む。



「勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあ!」



 ……噛み合わない台詞も御愛嬌。



 その後も、ゼエゼエと肩で息をする高スペックなプログラム学科を相手に、私と裕介さんは悪びれもせずに淡々とポイントを追加していった。


 その容赦ない光景を観客席で見下ろしながら、東雲さんは二匹の虚無顔ガエルを両手でギュッと握りしめ、最大限の褒め言葉のように言い放つ。



「スゴい……! 悪役みたい!」


「うん、見事な制圧だ。練習の成果が出ているね」



 隣で杉田さんが、腕を組みながら深く頷いている。

 そして最後のシャトルが、誰もいないコートの隅に静かに落ち、試合終了のホイッスルが鳴った。



 スコアは『10対2』。



「やったな、結城!」


「……何とかなりましたね」



 汗を拭いながら観客席を見上げると、東雲さんが静かに、けれど「私の計画通りだ」と言わんばかりのドヤ顔で、うんうんと頷いてくれていた。


 誰よりも無邪気に、私の勝利を喜んでくれている彼女の姿。

 それを見た瞬間──体育館の喧騒が遠のいた気がした。


 私は、先ほど杉田さんと彼女のやり取りを見て感じていた、あの名付けようのない『焦燥感』の正体が何なのか。

 もう誤魔化しきれないほどはっきりと自覚してしまっていた。



 私はただ、彼女のあの顔を、見たかったんだ。



 隣には自信満々に拳を突き上げる裕介さん。

 私もその熱に当てられ、自分の中で明確に熱を持った感情に蓋をするように、東雲さんに見えるよう、柄にもなく、ラケットを握ったままの拳を、流されるように突き上げて見せた。

全90話で完結予定です。

少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。

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