チセと共に
街で買ってきた非常食のスープは子供たちにも好評だったようで、また食べたいとねだられたので、可能ならまた買ってくることを約束した。おなかがいっぱいになると皆それぞれやりたいことをやって眠るまでの時間をつぶしていた。だがチセだけはいつものルーティンとは異なる行動をしていた。馬車の荷台の上で一人買ってきたスタンガンを見つめながら考え込んでいた。
それも当然だ。そのきっかけを作ったのは紛れもなく僕なのだから。だから彼女の悩みや不安が少しでも拭えるのなら、そのために僕は尽くすべきだと思った。
「チセ、ちょっといいかな」
「ええ、どうぞ」
僕は馬車の荷台に入ると、垂れ幕を降ろした。
「ここに来たということは、そろそろ結論を出してくれということでしょうか?」
「いや、そうじゃないんだ。なにかわからないことはないかなって思って」
「そうですね。私は幼いころから今まであの山の中のことしか知りませんでした。ですが山を下りてから今日まで、怖いこともありましたが、充実した日々を送らせていただいております」
「うん」
「ですが、山を下りてから今日まで私の知識欲、好奇心は枯れることを知りません。とは言えご主人様ですら嫌悪を示されたかの地に向かうことに抵抗がないわけでもございません」
「だよね、ならやっぱり」
「いえ、結論を急ぐ必要はありません。私もリースさんを助けたいという思いはあります。そのために私の力が役に立つのなら、ぜひともお役立てください」
「・・・」
やはりチセの意思がはっきりと決まっていないせいで、言動に矛盾を感じる。とは言えそのすべては僕に責任がある。
「ですので、ご主人様。私がこの一団に加入する前、最初の奴隷市場で何があったのか、教えてくださいませんか」
正直思い出すだけでも気分が悪くなり、身体が小刻みに震える。そして僕の身体に起こった変化をチセは見逃さなかった。
「大丈夫ですか? ご主人様」
「うん、大丈夫だよ。でもちょっとね」
「冷やした布を用意いたします」
「お願い」
チセはすぐさま水で冷やされた布を用意し、僕の額に当ててくれた。
「どうですか、落ち着いてきましたか」
「うん、ありがとう」
冷やされた額から冷やされた血が心臓に流されたことで心拍が落ち着いていく。
「ありがとうチセ・・・」
「いいえ、私は医師ですから」
こうして冷静に考えるとやはりあの話はしなければならない気がしてきた。
「話すよ。すべてを」
僕は覚悟を決めた
「ありがとうございます」
チセはまっすぐな視線で僕を見つめた。僕はそんな彼女の意思に応えるように、最初に街での出来事を包み隠さず、すべて話した。最初はチセも真剣なまなざしで聞いていたが、次第に瞳に罪悪感がにじんできた。最終的には口元を抑えながら、湧き上がる感情をこらえていた。
「申し訳ございませんでした。嫌なことを思い出させてしまい」
「いいんだ。必要なことだから」
「あの・・・非礼を承知の上でお尋ねするのですが。これからご主人様が行く奴隷市も同じようなことが行われているのでしょうか」
「・・・僕が体験したのは、非常事態だったけど・・・全くないとは言えない。場合によってはチセも巻き込まれるかもしれない」
「そうですか」
「そうなったときに僕はチセを守り切れるかどうか、自信がない。本当ならヴァルフを連れていけたらいいんだけど。あそこに販売する目的以外で獣人の奴隷を連れていけないんだ。だからリースのお母さんを救出するその時まで、ヴァルフどころかリースも連れていけない」
「つまりは、私とご主人様二人だけ・・・」
「うん」
チセの表情が少し暗くなった。だが徐々に真剣に考え込むような顔に変わり、そして最後には諦めたような顔に変わった。
「わかりました。私もご一緒しましょう」
「いいの」
「ええ、それにもし市場でご主人様の体調が悪くなった時、介助する人間が必要ではありませんか」
チセはにっこりと笑っていた。そしてその笑顔にはこれ以上ない頼もしさがあった。




