抱かれた気分はどうだい
「二人がそう言ってるのです。なのでこれ以上は話すだけ意味がないかと、それよりも我々も朝食にしませんか。ご主人様も空腹のはずでは」
そう言われると確かにおなかは空いている。昨日あれだけお肉を食べたのにどうやらそこで得たエネルギーは隷属魔法にもっていかれたらしい。
「それに我々にはまだやることがあるはずでは?」
ヴァルフの言葉は曇り切った僕の目を覚まさせるには十分なものだった。そうだ僕はリースの母親を救出しなければならない。そのためこの力は必要不可欠なものなのだ。だから今はたしかに立ち止まっている時ではない。そう遠くない将来この力が再び役に立つ時が来る。その時までに僕は改めてこの力を正しく使えるようにならなければならない。そのための時間はあまり多くない。だから今は一歩でも前に進まなければならない。
「そうだね、ヴァルフありがとう」
僕はヴァルフから食器を受け取ると、中に入っていた肉の破片入りのスープを一口すすった。それは野性味の強い味であまり朝食向きではないが、それがかえって僕に力をくれた。
「昨日はどうなるかと思いましたが、皆さん問題ないようですね」
僕らが食事する様子を見てチセはほっと胸をなでおろした。
「真相を知るまでは食中毒かと思い肝を冷やしましたが、そうではないとわかったので、医師としてはよかったと言わせていただきます」
「チセにも心配をかけたね」
「なんてことはありません。患者さんが急変した時に比べれば」
チセが言うとやはりリアリティが段違いで反応に困る。でもきっと彼女なりに場を和ませようとしているのだろう。
「それはそうと、あの狼女に抱かれた気分はどうだったよ。奴隷商人」
リースの突然の発言に僕は思わず朝食を噴き出してしまった。
「リース、食事中になんてことを言うのですか」
「いいだろ別に、それとも聞かれたらまずいことなのか」
「そんなことはありません」
「ならいいじゃねぇか」
どうやらリースは僕をからかうと面白いことになると、誤った認識を得てしまったらしい。ただコチカとクイネの二人は話の趣旨がよくわかっていないようで、リースが出した話題よりもおいしい食事に夢中のようだった。
「それでどうだったんだよ」
答えるつもりはないが、話を振られるとどうしても思い出してしまう。リースの腕の中は温かくて、柔らかくてなんだか安心できる匂いがした。いやいやこれはあくまでありのままの感想であって決してやましい意味ではない。でもこれまでの人生の中で間違いなく一番充実していた夜だった気がする。だがそれを口にすることは決してできない。今の僕は昨晩のやらかしを抱えた状態、その状態で万が一にも『昨日は最高の夜だった』なんて口にすれば間違いなく信用を失う。
「……言及を控えます」
「なんだよ」
リースはつまらなさそうに残った食事を一気に喉奥に流し込んだ。
「ヴァルフお姉ちゃんと一緒に寝ると安心するのです」
「安眠確定~」
「そうだね」
僕よりもはるかに多くの夜をヴァルフと迎えているふたりからすると、当たり前の日常なのかもしれないが、僕にとっては初めての経験だった。こうして食事をしている今でも、ふと意識をヴァルフに向ければ今日の朝に感じたことを鮮明に思い出せる。
「ヴァルフ昨日はありがとう」
「いいえ、これくらい当然のことです」
僕は改めて、ヴァルフに感謝を伝えた。




