彼を止める三人
命令を拒否したことで、ヴァルフに隷属魔法によるペナルティが与えられる。それはまるで全身に強力な電気を流したような激しくするどい痛みで思わずヴァルフは身を震わせた。
これまでなんどか経験があるとはいえ、ツレヒトのそれはほかの奴隷商人の魔法よりもはるかに強力なものだった。その証拠にヴァルフは襲い来る激痛によりその場から動けなくなっていた。
「おやめください、ご主人様、ヴァルフさんは何も悪いことはしていません」
チセはとっさにツレヒト様の服をつかんで彼を正気に戻そうとした。しかしツレヒトは頭の中で響く声に夢中になっていた。
『どうだい、これが人を支配する感覚。これこそが君の望んだ力だ』
「僕は」
ずっと気に食わなかった。許せなかった。僕は僕の人生を生きたかった。誰かのための道具じゃなくて僕自身の意思で進みたかった。でも社会は権力で僕の意思をつぶした。常識で僕の思いを踏みにじった。だから今度は僕が
「いい加減にしやがれ」
突如後頭部に強い衝撃が走る。幸い強化された僕の身体は一切傷つくことはなく、ただ重い鈍痛だけが響いた。何が起こったのか理解できなかったが、振り返ってみると攻撃の仕草を終えたリースがそこにいた。どうやら僕は彼女に背後から殴られたらしい、幼いとはいえ獣人の筋力による一撃をまともに受けた、そのせいで一瞬ヴァルフから意識が逸れた。
「ありがとうリース、感謝します」
その一瞬隷属魔法の出力が落ちた。その隙をヴァルフは見逃すことなく、ツレヒトに飛びつくとそのまま彼を地面に押し倒した。
「離してよ、ヴァルフ」
「嫌です」
まだ全身に痛みは残っている、それでも今ここで彼を止めないと取り返しのつかないことになる。だがツレヒトは想像以上に強く抵抗してきた。こうなるとあまり長くは押さえていられない。彼に言いたいことはたくさんある、聞かせたい言葉も秘めた思いも、そのすべてが今の彼には必要なものなのに、それを伝えるために時間も力も足りない。でもこのまま彼を行かせられない。おそらくリースの母親が生きているなら、助けられるかもしれない。だがそれと引き換えに彼はかけがえのないものを失う。
「ヴァルフさん、ご主人様を頼みます」
ツレヒトと同時に地面に転がったチセがいつの間にか二人の背後に立っていた。そして天高く拳を掲げていた。チセはその手に握られていた注射器をヴァルフのうなじに刺した。
「魔術に効くかどうかは分かりませんが、鎮痛剤です。これで少しは楽になるはずです」
チセが打ってくれた薬のおかげでたしかに痛みは劇的に和らいだ。これなら彼と話ができる。ヴァルフは改めて自身の四肢で彼の四肢を抑え込むと落ち着いた口調で語りだした。
「今日は一体どうされたのですか、そんなに慌てるなんてあなたらしくないですね」
「僕らしくないだって、君が僕の何を知っているんだ」
「たしかに私が知っていることはそんなに多くないのかもしれません。でも今日のツレヒト様がいつもと違うことくらいは私にもわかります」
「だから、それが何だっていうんだ」
「何に焦っておられるのか、私にはわかりませんが、それでも焦って事を起こしてもいいことはありません」
「でも、このままじゃあ僕は何もできないまま終わる・・・せっかく神様からチャンスをもらったのに、こっちでも僕は何もできない」
ずっと物語のような英雄になりたかった。それが幼い夢だとわかっている。でも彼らの様に自由に人を助け、感謝され多くの人に愛されたかった。そのために僕はずっと頑張ってきた。言葉にできない思いだけが、胸の中に湧き出て渦巻いていた。




