力の暴走と、それをいさめる者
何やら物音がすると思い、チセはゆっくりと瞳を開いた。こんな真夜中に起きている人がいるとは思えないが、目が覚めてしまったものは仕方ない。再び眠気がやってくるまで散歩でもしようかと思っていた時
チセの視線の先で、ツレヒトと契約していた三人の獣人が突如苦しみだしたのだ。それはまるで見えない何かに全身を押しつぶされそうになっているかのような、そんな悪夢を見ているかのようだった。
「ヴァルフさん、ヴァルフさん大丈夫ですか」
声をかけても返事がない。ただ苦悶の表情と声を漏らすだけだった。彼女の傍でコチカとクイネの二人もまた額に大量の汗を流しながら同様に苦しんでいた。
「いったいこれは」
もしかして、今日食べたものの中に毒があったのか、いやそれはない。ツレヒトの一団に入るよりもまえ、チセはあの山で様々な植物についての知識を得た。それと照らし合わせても今日スパイスに使われた植物は安全だ。ならばあの肉に毒があった。殺菌方法に問題があった。だがもしそうなら、自分が平気な理由がわからない。とは言えひとまずはできることをしなければならない。
チセは急いで水で冷ました布を三人の額に当てる。これで発汗や体温の上昇は収まるはず。見たところ呼吸に異常はない。そうなるとどこか痛むのか、だが声をかけても返事がない。そうなると取れる手段は限られる。チセは持っていたカバンから注射器と鎮痛剤を取り出すと、三人の体重に合わせて量を計り、そして注射した。一応獣人にも効果があることが証明された薬ではあるが、あくまで痛みを取るためのものであって気持ちを落ち着かせるために使うと、依存症を引き起こすリスクがあるが、それでも何もしないよりはましなはずだ。実際三人の呼吸は少しだけ穏やかになった。
ならば今のうちにと、チセはカバンを抱えて外に飛び出した。ツレヒトとリースが寝床にいない。だが二人のことだそう遠くまで行っていないはずだ。チセが首を左右に振り、二人を探すとすぐ近くの木の根元で何やら話し込んでいる二人の姿があった。
「ご主人様、リースさん。大丈夫ですか」
チセは思わず二人の元に駆け寄った。
「突然、ヴァルフさんとコチカちゃんとクイネちゃんが苦しみだして、一応応急処置はしたのですが、もしかすると今日食べたものに原因があるかもしれません。念のために二人も検査を・・・」
チセは言葉に詰まった。チセはこれまで人をあくまで患者としてしか見てこなかった。ツレヒトの一団に入ってから初めて仲間を得た。だからまだ人を見る目があるかと言われれば自信がない。だが今目の前にいるツレヒトは彼女が知る彼ではなかった。
「ご主人様なのですか」
「ああ、チセちょうどよかった。みんなを呼んできて」
「それが、ヴァルフさんたちはなぜだか急に体調を崩されたようで」
「そっか、なら仕方ない。僕一人で行くよ」
「行くとはどちらへ」
「街に、リースのお母さんを救いに」
「お待ちください。確かにそれは私たちの目標としているところですが、まだ計画は完全ではありません。それにヴァルフさんたちはどうするのですか?」
「それはチセに任せるよ。君がいれば問題ないだろう」
「ツレヒト様」
明らかにおかしい。これまでの彼なら間違いなく全速力でヴァルフの元へ向かうはず、なのに彼女たちを置いていこうとしている。
「それともチセ、君も僕に命令するのかい」
ツレヒトはゆっくりとチセの方を見た。その時の彼の顔を見たチセは一瞬にして身体が固まった。
高揚、怒り、侮蔑、その他いくつもの負の感情が入り混じった。そんな顔。そしてそれはチセが全く知らないものだった。
「いえ、そのようなことは、しかし」
「お待ちください。ご主人様」
そこに現れたのは、額に大粒の汗をかきながら、かろうじて佇むヴァルフだった。




