母への思いとあふれ出る力
「私が覚えているのはそんな感じだ。あとはひたすらに漁って、盗んで、生きてきた。だが結局あの場所に戻る方法は全くつかめない。あそこの中は常に兵隊がいる、だから入れない」
リースの人相はある程度町の人にも知れている。だから不用意に動けばあっという間にお縄についてしまう。そんな中で具体的にどこにあるのかわからないその牢獄を目指して潜入するのは無謀極まりない。そのことは幼いリースでもわかっていた。だがわかっていることと納得しているかどうかということは全く別の問題で、その話をするときのリースの瞳には悔しさがあふれていた。
「でもいつか、必ずあそこに戻って母さんを助け出す。それが私の使命だ、っておいおまえなんて顔してんだ」
「えっ?」
ここに鏡はない。水面もないから今の自分の顔を確認できない。でもリースの驚嘆の表情を見るにきっと僕はおかしな顔をしている。でもどうしてだろう。リースの話を聞いて浮かんだ感情はかわいそうではなかった。
「リースはお母さんと仲良かったんだね」
「それは、まあ・・・お前は違うのか」
「うん、そうだね。僕は母さんを満足させることができなかった。それは僕が不出来だから」
「・・・」
あっちの世界で僕が母さんに抱いていた感情は、恐怖、そして嫌悪だった。あの人が怒ったときの顔が怖い、なにか企んでいる時の瞳が怖い、僕を支配しようとする声が怖い。あの世界と別れを告げ、遠い異世界にやってきてそれなりの日々を過ごしてきたにも関わらず、それでもまだ心に染みついた感情をいまだにぬぐえずにいた。
「おい、大丈夫かよ」
気が付けば僕は足を抱え、身を小さくしていた。そんな僕をリースは心配そうな目で見ていた。
「もしかして、私何か悪いこと言ったか?」
「いいや、違うんだ。これは僕の問題だから、大丈夫」
怒らせないように、逆らわないようにずっとおびえながら生きてきた文字通り僕は母親に生殺与奪の権利を握られていた。それだけじゃなくて僕の人生そのものがあの人の手の中にあったのだと思う。そしてそれは僕の肉体はただ操られた人生を送るための器だったのかもしれない。
『ほんとうにそれでいいのか』
突如として脳内に謎の声が響く、それは聞き覚えのない低く、そして太い男性の声だ。だがその声を頭で反復していると、なぜだか力が湧いてくる。
「そんなの、いやだ」
「おい、商人、どうしたんだよ」
「僕の主は僕だ。それは僕の物だ」
先ほどまでトラウマに支配されていた心がどんどん全能感で染まっていく。そう僕は異世界からやってきた外界人、この世界の常識の外にいる存在、法則も常識も覆せる。
「リース、君の母親があそこにいるんだよね」
「う、うん」
「大丈夫、僕が必ず助け出すからね」
それができれば僕は、なりたかった僕に一歩近づける気がする。ずっとラノベの中の物だと思っていた。あの勇者や英雄たちに
「おい、商人。おまえなんか変だぞ」
「変? そうかな」
確かに先ほどと比べてなにか違う気がするが、それは単純に気分が高揚しただけのことであって、そんな別人を見るような目をするようなものではないはずだ。だが今の気持ちを感覚を忘れてはいけない。そう、このみなぎる力がいつまで続くかわからない。何分初めてのことなので、わかっていることは少ない。でも今なら
僕は目の前の街に向けて歩みを進めた。




