リースの過去 母と監獄のお話 後編
「おや、やはりあなたたちでしたか」
二人が大広間に飛び出した時、そこにはすでに大量の兵士が待ち構えていた。しかも前方だけでなく二階のテラスにも銃を持った兵士までいる。そんな大量の護衛に囲まれ、余裕綽々といった様子でこのギルドという施設で会長と呼ばれている人物が前に出た。
「どうしてわかった」
「別にわかってはいませんでしたよ。ただただ脱獄や反乱が起こった際にはこうして出入り口を固める。これはここができたときから決まっていたプロセスです」
「くっ」
見たところこれまで戦ってきた牢獄の職員たちとは明らかに格も装備も違う。護衛についている前衛とみられる者たちは全身金属の鎧を着こみ、半身を覆えるほどの盾と手持ちのナイフの三倍はリーチ差がある剣を携えている。さらにその後ろには銃を持った者も待機している。そのため誰がどう見ても正面突破はできそうにない。かといって後方に下がったとしても二人とも銃で撃たれて終わり。もはや逃げ道はないに等しい。
「さあ、おとなしく降伏しなさい。私としても君たちみたいな金のなる木を早々に殺したくないんだ。君たちは特別だからね~」
それは二人が白狼族だから、最悪生きてさえいれば永遠に利益を生み出し続ける。だがこんな男のために自分だけでなく娘の人生まで棒に振るなんてまっぴらごめんだった。あれこれと思考を巡らせているとリースが手を握ってきた。きっと不安なんだろう。もはや母としてできることは一つだけだった。
「リース、今からいうことをよく聞きなさい」
「どうしたの、お母さん」
「いい、ここからはお母さんとは別の道で逃げなさい」
そう告げたとたん、それまで頼もしかった娘は急に年相応の子供に戻った。
「いやだ、お母さんも一緒に」
「無理よ。お母さんもそうしたいけど、できないの」
もはや残された時間はあまりない。いつの間にかギルドの会長は護衛の後ろに下がり代わりに敵の長剣がじりじりと迫っていた。
「逃げなさい。リース」
「嫌だ」
時間もない、選択肢もない。ならば残された時間でできることはあまり残されていなかった。あたり一帯に金属がたたきつけられる音が響く、その音に皆がひるんだその一瞬、母親はリースの両頬を優しく手で包んだ。そして一生で一度だけの口づけをリースに捧げた。そして一瞬だけ強く抱きしめると、彼女を反転させ、そして背を押した。
「行きなさいリース。私の愛しい子。どうか生きて・・・また会いましょう」
母の涙がリースを動かした。自分だって寂しい、辛い、嫌なのだが、それまでずっと強く優しく自分を世話し、守り、導いてきた母親の涙を見て流石のリースも事態の深刻さを理解した。
リースは先ほど通った扉の方に向けて走り出した。悲しい気持ちも悔しい気持ちもすべて隠すことなく涙と共にまき散らしながら、ひたすらに走った。
「おえ、ガキを逃がすな」
「行かせるものですか」
先ほどリースを抱きしめるために落としたナイフを拾いなおすと、前方の敵に構えた。
「白狼族を舐めないで」
「いいだろう、ものどもかかれ」
自身の背中から刃物同士がぶつかる音がする。あの音の中で母が自分の代わりに戦っている。その事実を噛みしめながら、意識が途切れるほど、走って戦ってまた走った。そして気が付いた時にはリースはギルドの外のゴミ捨て場にいた。




