リースの過去 母と監獄のお話 前編
皆が寝静まる中、僕は寝床から体を起こした。眠れなかったというわけではなく、一度眠りについたものの、満腹ゆえの気持ち悪さによって目を覚ましてしまった。なので皆を起こさないようにあたりをゆったりと散策していると、リースが木にもたれかかる形で座り込んでいた。
「どうしたのリース、眠れないの」
「・・・」
相変わらず僕に対してはまだまだ心を開いてくれていないみたいで。話しかけても黙り込んでいる。そんな彼女はただ黙って街の方を見ていた。そこには今もまだ彼女の母親が囚われていて。そのことを忘れることなどできるはずもない。こうして彼女が協力してくれているのはあくまで母親のためで決して僕らの仲間になったわけではない。
「あの中に・・・いるんだよな」
リースが口を開いた。その言葉に僕はきれいごとで返すことなんてできなかった。
「いる・・・と思う」
「そこははっきりと言えよ、いるってよ」
「ごめん」
「別にいい。正直あんまり期待してねぇし。でもお前に頼るしかないってことは分かってる」
「リース」
「お前の仲間はたしかにすごい。この街のどの奴隷よりも優秀だと思う。でも本当にできるのか」
「できるよ。きっと僕は皆を信じているんだ。まだ出会ってからあまり長くはないし、何でもできるってわけじゃないけど。リースのお母さんは必ず助けるよ」
「……そうかよ」
ほんの少しだけリースと打ち解けられたような気がしたが、まだまだ先は長そうな気がする。
「ところでなんだけど、少し聞いてもいいかな」
「なんだ」
「リースのお母さんってどんな人なの、ほら探すにしても特徴とか知っておかないといけないかなって思って」
「ああ、そう言えば言ってなかったか?」
「たしかね」
「……飯のお礼に少しくらい話してやる」
リースはため息交じりにゆっくりと語りだした。
彼女と母親は故郷の村の近くの森で遊んでいたところ、たまたまその付近に立ち寄った人さらいによってつかまり、そのまま奴隷となったらしい。彼女たち白狼族の体毛はそれ自体が上質な布を作り出すための糸になるらしく、何度も何度も髪などを剃られた。そして髪が伸びるまでの間は肉体労働や、かつらをつけて奉仕活動などをさせられていたらしい。最初はリースもその母親もいつかは帰ることができると思っていたらしいが、次第に希望は薄れていき、そしてついに決意した。
「リース、起きてリース」
「なぁにお母さん」
「ここから逃げよっか」
「逃げる・・・どうやって?」
リースの母親は牢屋の角に無造作に置かれていたぼろ布を取った。するとその裏の壁には人一人ならかがんで入れるくらいの穴が開いていた。
「これって」
確かに夜な夜な母親が何かしているなとリースは思っていたが、その正体がこれだったのだ。
「隣の牢屋に続いているの、隣は誰も入ってないからカギがかかっていないのだから。そこから外に逃げようか」
「おうちに、帰れるの」
「ええ、きっと」
「う、ぅぅぅ」
これでやっと苦しい日々も終わりを迎える。そう思うと途端に安心感が湧いてきて。思わず涙があふれてくる。
「もう、泣くのはもう少し後に・・・いいえ仕方ないわね」
本当は泣いている場合ではない。一刻も早くここから出ないといけないのに、それでも一切窘めることなくただただいつも通り抱きしめた。呼吸を一回するたびに懐かしい香りに包まれて、心拍数が下がり心が落ち着いていく。
「よし、もう泣き止んだわね」
「うん」
「それじゃあ、いこっか」
二人は掘った穴を通って隣の牢へと移った。そしてそこから外に出ると、全速力で出口を目指した。二人が抜け出してから五分後、牢屋の周りが騒がしくなった。どうやら二人の脱獄がばれてしまったらしい。しかしその頃には、武器庫からナイフを取り戻していた。武器さえ手に入れば万が一戦闘になっても日々の生活を原始的な狩猟にて賄っている彼女たちの方が、有利になる。実際何人かの衛兵が立ちはだかるが、それらを難なくなぎ倒し、進んでいった。
リースの母親は聡明で日々の生活の中でこの牢獄の出入り口を完璧に把握し、そして脳内でマッピングを済ませていた。
「あとはこの大広間を抜ければ、出口だからね」
「これで、おうちに」
「うん、あとは適当な宿屋から馬を手に入れて街を出られれば」
二人は同時に大広間に続く扉を開けた。




