お肉の味と忘れていたこと
「正直、イノシシのお肉は食べたことがないので、どんな味か想像がつきませんでしたが、これは期待できそうですね」
「そう言えば、食べたことなかったんだ」
「はい、野鳥やうさぎなどは罠などで捕獲できますが。流石にイノシシとなると、通常のサイズでも捕まえるのは困難です」
てっきり元気なころのトクシンさんならもしかしてと思っていたが、流石に過剰な期待だったようだ。というわけでチセも初めてのイノシシに期待で胸を膨らませていた。
「ご主人様、そろそろかと」
火入れの時にあふれ出た匂いは次第に香ばしさを増していき、そしてそれが頂点に達したタイミングをヴァルフは逃さなかった。
「よし、一枚目焼き上がり」
フライパンから皿に移されたイノシシのステーキはこんがりきつね色に焼きあがっており、中まで火が通っているか確かめるために一部分だけナイフで切ってみると、皿を埋め尽くすほどの肉汁があふれ出た。
「うん、よかったこれで一安心だね。というわけでヴァルフ」
「は、はい私でしょうか」
「君が一番手だ」
「毒味役ですね。承りました」
「いや、そうじゃなくてね」
「えっ?」
「今回の狩り、闘い?の一番の功労者はヴァルフだ。だからこのお肉を一番に味わう権利は君にある」
「そ、そんな光栄なこと・・・よろしいのですか」
「うん、もちろん」
ヴァルフは恐る恐る、イノシシ肉を牙でかみちぎった。
「こ、こここれは」
「家畜とは違う噛み応え、あふれ出る肉汁。ワイルドな味わい。そしてスパイスの香り。そのすべてが交わり、ただの大柄のイノシシが最高峰の食事へと昇華させている」
一口目までは恐る恐る、その上丁寧に食べていたが。それもたった今までで二口目からはまさに獣の如く肉にがっついていた。
「この調子だと、すぐになくなりそうだね。なら早いところ焼かないと」
僕はすぐさま、次の肉を火にかける。活躍度の順番で言うならば次はリースだろうが、コチカとクイネの二人が今か今かとフライパンを見つめているので、一応リースに断っておいて順番を入れ替えることにした。
「さあ、二人とも焼けたよ」
「わ~い」
「おいしそうなのです」
ヴァルフが食べている様子を見ると、普通の肉よりもほんの少しだけ硬そうなので、二人が食べやすいように事前に切り分けておく。だが包丁を入れるたびに流れ出る肉汁に目を輝かせているため、少々やりにくかったが、それでも最初の一口を食べたときのリアクションがあまりにもよすぎたため、僕はそれだけでも報われた気分だった。
「さてと、次はリースだね」
「私は慣れてるから最後でいい。先にあの医者に食わせてやれ」
「わかった。ということだから準備はいいチセ」
「もちろんです。ご主人様」
「ああ、うん。相変わらず用意が良いね」
声をかけた時にはすでにチセは皿と箸を構えて僕のことを見つめていた。もともとは食事の際もつつましく食べていたが、コチカとクイネの二人の世話をしているうちに少なからず彼女たちの影響を受けていたようだ。でも僕としては変なよそよそしさがなくなり、接しやすくなったので、正直とても良い兆候だと思う。
そしてまた焼けた肉を切り分けたのちチセの皿に盛り付けると、チセは肉の一端を慣れた手つきで箸を使い口に運んだ。
「どう、初めてのイノシシ肉は」
「はい、強い野性味がありながらも、油の甘みのおかげで非常に食べやすいですが、これは食べすぎるとあふれ出る力を制御できなくなりそうです」
「なんともまあ、お上手なことで」
「いいえ、結構なお手前でございますご主人様」
僕自身は料理が得意というわけではないが、お肉を焦がさず焼くくらいなら家庭科授業しか料理の経験がなくてもなんとかなる。
「ありがとう。それじゃあ、お待たせリース。今から焼くね」
「ああ、それはいいがよ。ご主人様が最後ってのは、どうなんだ」
リースの突然の発言に皆が一様に食事の手を止めた。僕は全くそんなこと気にしていないが、皆イノシシ肉に夢中になっているうちにすっかり忘れていたようだ。




