勝利とその代償
ヴァルフは驚いていた。自身の想像以上に体は軽く、そして容易く大イノシシの頭上まで飛び上がったからだ。平時の運動能力ではこれはあり得ないことだが、先ほどに発動したツレヒトの能力がまだ生きていたのだ。ならばそのままの勢いに任せてあとは突くのみだった。
「これで終わりです!!」
重力による自由落下に身を任せ、槍の穂先を対象に向けただけのシンプルな落下攻撃、だが衝突の瞬間に渾身の力を込めて相手の脳天を突いた。
槍の穂先から激しい火花が出る中、ヴァルフは一切力を抜くことなく槍を押し続けた。その故か痛みを感じ始めたイノシシが激しく暴れまわるが、ヴァルフは一切ぶれることなく、ただ一点にのみ力を籠め続けた。
「貫けーーーー」
最後の一押しにと残された力と体力をすべて絞りつくし、深く深く、槍を突き刺した。
やがて点を裂くような激しい鳴き声が上がり、さらに抵抗が激しくなる。だがそれもほんの数秒の出来事で、ヴァルフの攻撃を受けた。大イノシシは四肢を大の字に広げ、そのまま地面に倒れこんだ。一方のヴァルフは相手が完全に沈黙するころにはすでに余力は残っておらず、イノシシが倒れこんだ衝撃でそのまま体の上から振り落とされた。
「や、やったのか」
もはや体を起こすこともできず、かろうじて顔を上げ、獲物の方を見ると相手は白目をむいて倒れこんでいた。それが気絶によるものなのか、それとも絶命によるものなのかヴァルフは知らぬまま意識を手放した。
一方崖上にいた。ツレヒト達は目の前の状況を正しく把握していた。大イノシシの脳天にはツレヒトがギルドで買った槍が突き刺さっっておりおそらくそれが脳まで達し、致命傷となった。あれからもう10秒以上見つめているが、一切動く気配がない。
「降りるぞ、奴はもう動けない」
「ああ、うん。わかったよ」
リースの案内で僕らは大きく迂回して崖の下まで降りてきた。こうして近くで見てみると、その存在そのものが一つの山のようでこれが殺意を持って迫ってくると思うと、全身に震えが走る。だがそれよりも先ほどまでイノシシの脳天のあたりにいたはずのヴァルフの姿が見えない。
「ヴァルフ」
呼んでも返事がない。コチカとクイネの二人は目の前のイノシシに夢中になっていてあたりが見えていない。チセはというとそんな二人の側にいて暴走しないように見守っていた。なので僕は一人でヴァルフを探していた。
やがてイノシシから少し離れた草むらの上でヴァルフを見つけた。
「ヴァルフ!!」
偶然その一帯だけ小さな段差になっていて。そのせいでイノシシの位置からは見えずらくなっていたせいで発見が遅れた。僕が見つけたその時にはすでにヴァルフは意識を失い、地面に倒れこんでいた。
恐る恐る彼女の身体を確認してみると、目立った外傷はなく、血も出ていない。おそらくイノシシに攻撃されたのではなく、絶命して倒れこんだ時の衝撃でここまで飛ばされ、頭を強く打ち付けたのだろう。しかしそれでもあの巨体を考えれば十分命にかかわる事態になりかねない。
「チセ、チセ来てくれ」
僕はできる限りの声で叫ぶ、するとどこからともなくチセがやってきた。
「あれ、私どうしてここに」
「チセ、ヴァルフの意識がないみたいなんだ診てくれないか」
「わかりました。少々失礼します」
チセは先ほどの僕と同様に体のあちこちを触ったり、眺めてみたりしながら怪我の有無などを確認していった。
「軽い脳震盪ですね。命に別状はありませんし、何もしなくてもしばらくすれば目を覚ますと思います」
「そっか、よかった」
「・・・とはいえ、このままではいけませんね。ご主人様ヴァルフさんを馬車まで運んでくださいませんか。そこに彼女を寝かせます」
「わかった。任せて」
僕はそっと彼女の肩を持ち上げ、馬車まで運び出した。




