ヴァルフに託そう
崖上からヴァルフの行動を見ていたツレヒトは愕然とした。いきなり走るのをやめたかと思うと、例のイノシシに向け突き攻撃をお見舞いした。それによってイノシシは一時的に足が止まり、その隙にヴァルフは再び距離を稼いだ。
確かにヴァルフが強いことは重々承知していることではあるが、それでもあんな芸当ができるなんて、知らなかった。とはいえこれで例の落とし穴まで逃げ切れる確率がぐんと上がった。それにイノシシはもはや冷静さのかけらもないほど怒り狂っていた。
そんな猛獣を背にヴァルフは颯爽と走り抜けた。
「皆、もう少しであいつがこっちに来るよ。構えて」
コチカとクイネに加え、森からここまでやってきたリースもまた自前のナイフを構えて獲物の到着を今か今かと待ち構える。そして
いよいよヴァルフは例の穴に到着した。そして迷うことなく飛び上がり、そして落下の勢いを利用し地面を踏みぬいた。事前の練習通り、落とし穴はしっかりと機能し、穴を塞ぐために使っていた布がヴァルフを包み込み落下の勢いを殺すクッションの役割を果たした。
そしてヴァルフが消えたにも関わらず、例のイノシシは怒りのままに突進を続けた。
「よし、ヴァルフはうまくやったよ」
彼女は命がけで己の役割を果たした。だから今度は僕らが僕らの仕事をする。僕は罠の仕掛けに手をかけた。遠方ではリースがタイミングを計っていた。それにしてもやはり近づいてみると、驚くほどの巨体だ。それが迫ってくるのだから怖いどころの話ではない。
「もうすぐだ。備えろ・・・おっと」
ここに来て、ついに自身の目の前に追うべき相手がいないことに気が付いた。しかしもはや減速や方向転換なども間に合うはずがなく、目の前にそびえたつ崖に向けてまっすぐに進んだ。
「ぶつかるぞ、あの巨体が絶対にすっごく揺れる。伏せて何かをつかめ」
リースに言われた通り、僕らは地面に伏せ近くに岩をつかんだ。そしてすぐに崖全体が激しく揺れるような、地震のような衝撃があたり一帯に響き渡る。僕は地面にへばりつくことで何とか耐えているが、コチカとクイネの二人は今にも飛んでいきそうだ。だが彼女たちを助ける余裕はない。だがこれは本当の地震ではなく、あくまでぶつかった衝撃なのだ。
「あと、もう少し耐えるんだ、皆」
僕の読み通り、揺れはすぐに収まった。なので急いで崖際に向かうと、イノシシはぶつかった衝撃で完全に足を止め、脳にかかった衝撃を払いのけるために、頭をぶるぶると振っていた。
「今だ。岩を落とせ」
事前に用意してあった。岩を削り、紐で固定したわなを起動させる。イノシシの頭上から大量の岩が降り注ぎ、相手をさらなる混乱状態に陥れる。
「よし、奴隷商人。ここまでくればあとは〆の作業だ。総攻撃をかけろ」
事前に教えてもらった通り、あのイノシシの弱点は頭の頂点だ。突進に特化するために前面と側面を固くするという進化の道筋をたどったが故に上面の進化は進んでいない。そこに向けてひたすらに岩を落とし続け意識を奪う。そうなれば後は自由に解体できる。だからこそそこを狙う、そこに攻撃を集中させる。
持ち上げられるだけの岩をぶつけていく。しかし僕らがあまりにも非力すぎるゆえに頭をプルプルと震わせるだけで攻撃が無効化される。
だが僕らにはまだ最後の切り札が残っていた。ヴァルフは穴から這い出ると、再び槍を構えイノシシに向かって走り出した。
「参ります。ご主人様。このヴァルフの活躍をとくとご覧あれ」
ヴァルフが駆けだす姿を見た僕らはすぐに投石をやめた。僕らの攻撃は意味をなさなかった。ならばあとはもう彼女に託すしかない。
「いけーーーーヴァルフ」
「やっちゃえ、お姉ちゃん」
三人の声援を受けたヴァルフは再び天高く飛び上がった。




