変わったのは私もだった
コチカとクイネ、それにチセの三人の水浴びの終わりに彼女たちが拠点へと戻る最中のことだった。ほかの三人はおしゃべりをしながらゆっくりと向かっているため、必然的に距離が開いてしまう。そして一足先にヴァルフは一人で拠点付近についてしまった。ちょうどその時、リースとツレヒトが何か話をしている場面だった。
「お前はあの狼の獣人のことをどう思ってるんだ」
「ヴァルフのこと?」
「そう、そいつだ」
思わず身を隠してしまった。ツレヒトはたしかに自分に対して優しい、ヴァルフはそう思っていた。だがそれは自分一人に向けられたものではない。ツレヒトは全員に対して優しい。それも飛び切り、異常と思えるほどにやさしい。
「ヴァルフは僕と比べてとっても頑張り屋なんだ。だから僕は彼女のことを尊敬している。僕にはもったいないくらい素敵な仲間だと思ってる」
ヴァルフは木の影で息をのんだ。そうしないとここから飛び出してしまいそうだった。飛び出して彼に言葉を返してあげたかった。『あなたは十分に頑張っている』と伝えたかった。外界人についてそこまで知見があるわけではないが、異世界に突如召喚されて、頼るあてもなく生きていけなんて不可能だ。幸いどういうわけかお金を持っていたので、何とかなっているが、だとしても自分たちと出会わなければどうなっていたか。むしろ最初に出会ったのが自分であったがためにより一層過酷な運命となったのではないかとさえ思う。
「まあいい、そこに関してはそこまで興味はない。私が聞きたいのはお前があの狼をどう思っているかだ」
「そうだったね、僕は彼女のことを奴隷だとは思っていないよ。ヴァルフは・・・奴隷として僕に仕えてくれているみたいだけど。だからそんなヴァルフの思いに応えたいと思っているんだ。そうすることで僕は変われる気がするんだ」
この世界に突如として現れた奴隷商人ツレヒトにヴァルフは自身の子供たちを故郷に帰したいという要望を伝えた。それに対してツレヒトは一切の迷いなく承諾してくれた。だから今こうしてヴァルフ達一行は旅をしているのだが、ヴァルフはツレヒトの素性を全く知らない。奴隷商人というのも一族の誰かから受け継いだわけでも自身で隷属魔法を身に着けたわけでもない。この世界に奴隷商人として召喚された。ヴァルフが彼について知っているのはそれだけだった。異世界から来たということは当然、元の世界での生活もあったわけでそこで何があったのかヴァルフは知らなかった。だからこそヴァルフは葛藤した。
ヴァルフの知るツレヒトは優しくそして人としての温かみにあふれた人物だった。少し抜けている部分もあるが、それでもそれすらも・・・
「ああ、だからか」
ただ支えるだけでいいと思っていた。奴隷ではないにしても課せられた役割を果たす歯車の一枚だと思っていた。でも今のヴァルフの胸の中にはそれ以上の感情があった。
「変わったのは私もだったのか」
もし彼が今の自分を否定し、新たな自分になりたいというのなら、それをそばで見届けよう。万が一にも彼が道を間違えないように、どこまでも純粋でお人よしの彼が悪しきものに惑わされないように、彼の成長と変化を誰よりも近くで見守れるようにヴァルフはもっと強くなろうと心に決めた。




