脱走事件から、人質事件に
僕はしりもちをついた状態で動けなくなっていた。しかしそんな僕に対し目の前の獣人は一切ためらうことなく。爪を振りかぶった。確実に回避不能な一撃に、僕は二度目の死を覚悟した。しかし
「おい、お前ちょっとこい」
首の後ろから強引に手を回され、僕は先ほどまでとらえられていた獣人に逆に自分がとらえられることになった
「お前ら、この男がどうなってもいいのか」
「ツレヒト様!!」
「ちょうどいい、おい逃走用の馬を用意しろ」
僕が人質になったことで、他の人たちは会場から逃げ出すことができているが、当の僕は一切何もできない。一応ここのスタッフと思われる人たちが、各々武装しあたり一帯を取り囲んでいた。
「おい獣人、貴様はどうやってもここから逃げられない、わかったら獣らしくさっさと檻に戻れ」
「断る。大体お前たち私を捕まえることができるかな」
こんな状況下で相手を刺激しないでくれとも思いながら、彼女が話しているおかげで注意がそれ、僕自身にもあたりを見渡せるだけの余裕ができた。僕を抱えて獣人はとても屈強で、神様からもらったフィジカル強化の力をもっても抜け出せる気がしない。
「全員武装を解くなよ」
「おいおいこの人質が見えないのか」
「くっ」
状況はすっかり膠着してしまったが、そんな中人質の僕が一番落ち着いていることに、自分でも頭がおかしくなったのかと思ったが、目の前の獣人の首にロケットが下げられているのを見つけた。それはかなりぼろぼろになっていて。常にふたが半開きになっていた。
「それよりも、とっとと馬を持ってこい、こんなでかい市場なら10頭でも20頭でもいるだろ」
こぶ一振りで椅子が3個軽々と飛ばされていった。その様子を見て周りの人間たちは皆怖気づき、ずるずると後ずさりを始めた。もしかするとこのまま助からないのではと思っていた時、空を切る音が一つしたかと思うと、獣人の腕にダーツの矢のようなものが刺さった。しかし彼女はこれと言っていたそうにするわけでもなく、少し見つめたのち、すぐさま腕に刺さった針を抜いた。
「暴動鎮圧用の麻酔薬か・・・お前たちって本当にこれ好きだよな・・・だがあいにくもう耐性できてんだよ」
どうやら毒入りの矢だったようだが、言葉の通り一切の効き目を示すことなく、今はただそのへんの床に転がっていた。
「どうやら打つ手なしってところだな」
「・・・もうこれしか」
「しかし、人質が」
「威力を落とせばなんとか」
「お前たち、なにごちゃごちゃしゃべってやがんだ、本当にこいつ殺すぞ」
僕の頬に爪が食い込み、血が流れ出す。それでもそこまで強い痛みこそ感じないのはひとえに神様のおかげだろう。だがそれでも死の足音がまた一歩迫ってくるのを感じた。
「ツレヒト様、どうかご容赦を」
「え、ちょっとそれってどういう意味で」
案内人の言葉が終わると同時に、獣人の首についていた最後の拘束具が赤い光を放ち始めた。
「へ、今度は電気ショックか、あいにくそれもきかな」
言葉が終わるよりも先に首の拘束具が突然爆発した。幸い威力を抑えてくれていたため、僕は多少顔が熱くなる程度で獣人の捕縛から解放された
「今だツレヒト様の保護を」
「はい」
複数人の男に肩を支えられ何とかその場から離れることができた。しかしあの爆発を受けてなお、あの獣人は生きていた。しかしもはや虫の息という様子で立ち上がることなく地面を這って移動していた。
「この獣め、往生際の悪い」
「待ってください」
今にも死にそうな獣人に剣でトドメをさそうとする者たちを僕は制止した。はっきり言って誰かが手を加えなくても、放っておいても一二分で死に至る、別に専門的な知識を持っているわけではないが、そう確信できる状態だった。
「ツレヒト様この獣に情けをかけるなど」
「情けではありません。ただ・・・この人にはもう何かをするだけの力は残っていません」
その証拠に彼女は先ほどまでとは打って変わって僕たち人間を無視し、一定の方向にひたすら進んでいた。そしてその先には何があるのか僕にはすぐにわかった。




