クイネの不安とツレヒトの伝言
「コチカ、ずいぶんと遅かったのです」
「ごめ~ん」
ツレヒト達との話し合いを終えたコチカは相変わらずのらりくらりと歩きながら戻ってきた。
「なにかあったのです」
「え~っとね、いろいろ~」
「いろいろなのです?」
「そうそう、いろいろ」
コチカはクイネに先ほど決まった方針を少しずつ説明し始めた。だが話を聞き終えたクイネの顔色ははっきりと言ってよくはなかった。
「また、お仕事なのです?」
「・・・そだね~」
「ヴァルフお姉ちゃんもやるのです」
「うん」
「コチカは平気なのです?」
「・・・ぜんぜん」
「そうだよね」
今のご主人様、ツレヒトの奴隷となってから今の今まで仕事らしい仕事は全くしてこなかった。なので二人ともツレヒトは自分たちに対してあまり仕事をさせないようにしてくれているとそう思っていた。しかしやはりツレヒトもまた奴隷商人の一人であることを思い知らされたような気分だった。
「・・・コチカ」
「な~に」
「クイネ達・・・本当に帰れるのです?」
「・・・」
コチカは何も言えなかった。彼女の普段の姿を見ればかなり適当に生きているようにも見えるが、本当はコチカがそんな人でないことはクイネが一番理解していた。
「もしかして、リースの言ってたことは本当だったの?」
「わからない、だけど」
普段はずっと一本の線の様に細いコチカの瞳が今はしっかりと開いていた。
「私たちは、ただ生きて約束を果たすだけ、そうでしょ」
まったりとした口調ではなく、しっかりと芯の通った声で告げた。これはコチカが真剣に物事を考えている時に出る癖だった。
「うん、そうなのです」
コチカがこのモードに入ったときの安心感は段違いであることをクイネはよく知っていた。それゆえに今のコチカの言葉だけで、クイネの不安は少しだけ楽になった。
「ありがとう、コチカ」
「いいよ~クイネ~」
再びコチカはゆったりとした口調に戻り、クイネの膝に体を倒した。クイネはそんな彼女の背を優しく撫でた。きっと今日は難しいことがいっぱいあったせいでコチカもキャパオーバーを起こしたのだろう。コチカはクイネの膝の上で適当な声でニャーニャー鳴いていた。
「コチカ、クイネちょっといいですか」
二人で仲良くくつろいでいるところにヴァルフがやってきた。
「どうしたのです、お姉ちゃん」
「いえ・・・そのコチカがうまく説明できているかどうか、一応見に来ました」
「大丈夫なのです、ばっちり理解したのです」
ヴァルフはすっかり伸びているコチカの様子を見て彼女がしっかりと役目を果たしたことを理解した。しかしやはりコチカにはまだまだ難しい話だったようで、すっかりとダウンしていた。
「どうやら、そのようですね」
クイネに続き、ヴァルフもまたコチカの頭を撫でると、彼女はさらに嬉しそうに喉を鳴らした。
「なんだかコチカのこの姿を見るのも久しぶりですね」
「うん」
確かに前に見たときは、奴隷市に向かう馬車の中だったような気がする。その時のご主人様は奴隷を労働させて稼ぐというよりかは、奴隷を畜産動物の様に売り買いすることで収益を得るタイプだったので、きつい労働や、お仕置きと称した暴力もなかった。正直初めて見たときはもしばれたら大変なことになりかねないと焦ったものだが。今もこうして三人とも生きている。
「不安ですか、クイネ」
「うん、お仕事しないといけないのは分かっているけど、・・・怖いのです」
コチカはきっとまたあの過酷な労働の日々が帰ってくることを恐れている。奴隷の身分である自分たちは朝から夜遅くまで動けなくなるまで働かされ、力尽きれば、ごみのように殺される。それはとても子供に見せられたものではないが、そんな光景をコチカとクイネは何度も見てきた。そのトラウマを今思い出そうとしていた。
「ええ、私も気持ちはよくわかります。でもツレヒト様は他の奴隷商人とは違う。それは二人ともわかっているでしょ」
「うん、でも」
おいしい食事もくれる、怪我も治してくれる。そしていつも何かをしてほしいときはお願いしてくれる。これだけでもツレヒトが他と異なることはよくわかっているつもりだ。
「いま私がここに来たのはご主人様から二人にとあることを伝えるためなんですよ」
ある程度これからの方針が決まったことで、ツレヒトは再び街に入るための準備を始めていた。そのため今は自由に動けずにいた。それにこれから伝えることはツレヒトが言うよりも長年彼女たちの保護者の代わりを務めてきたヴァルフの口から話した方が、きっと信じてもらえるような気がしたのだ。




