盛大なお見送り
チセが楽なルートを案内してくれたおかげで、登ってきた時よりも楽に下山することができた。山は下りる時の方が危険だと前に聞いたことがあったので改めてガイドの重要性を認識した。
「さてと、まずは馬車を引き取らなくてはですね」
「うん、皆は休んでて、僕が行ってくるよ」
「お願いします」
久しぶりに人里に降りてきたためやけに懐かしい気がするが、気を抜けない場所に戻ってきたと考える方が、しっくりくる気がする。
「あの、すいません」
「どうしたのチセ?」
「私も同行してもよいでしょうか、ここを離れる前に皆様に軽く挨拶をしておきたいので」
話によると、トクシンさんとチセの二人は決してあの山小屋から決して出てこなかったというわけではなく、時折下山して薬と消耗品を交換したり、村人の健康診断などをしていたらしい。
「わかった。ヴァルフ二人をお願いね」
「はい、事が済むまで身を隠しておきます」
「ごめんね」
「いえ、我々にはお構いなく」
ヴァルフはああいっているが、あまり待たせるのも気の毒なので、できるだけ速やかに事を済ませるために、僕とチセは足早に馬車を預けた納屋に向かった。
「こんにちは、馬車の引き取りに来ました」
「おお、あの時のあんちゃんか。無事だったんだな」
「ええ、おかげさまで仲間も回復しました」
「そうか、それはよかったな。ってあなたはチセ様」
「ご無沙汰しております」
納屋の主の反応から察するにチセはここではかなりの有名人のようだ。
「どうして、こちらの方と一緒に?」
「はい、この度私は山を下り、こちらのツレヒト様と旅に出ることになりました」
「そうか・・・でもそうなるとトクシン様は寂しくなられるな」
「・・・父は、トクシン様はお亡くなりになりました」
決して相手に悪意があるわけではないが、チセの口からその言葉が出るたびにとても辛そうな表情をするのを見るのは忍びなおいが、彼女がもう喪失による悲しみを乗り越えていることを知っている僕はあまり深くは心配していなかった。
「・・・すまない、知らぬこととはいえ、失礼でした」
「いえ、お構いなく。それで私がここを離れてしまう為、皆様に薬を卸すことができなくなってしまう件ですが」
そう言うとチセは一冊の本を取り出し、納屋の主人に差し出した。
「この手記に薬草の原生地と薬の調合法が書かれています。こちらを差し上げますので、お役立ててください」
「これは・・・そんな重要なものよろしいのでしょうか」
素人の僕でもこの書物がとてつもない価値があることは容易に想像できた。薬は人が生きていくうえで必ず必要となるもの。そしてその製造が可能になったいうことはそれを製造し販売するだけで、安定した収入を得られることになる。
「ええ、本来であれば患者を放り出して医者が旅に出るなどあってはならぬことです。ですのでこれはせめても贖罪なのです」
チセの柔らかな笑顔によって緊張感が溶けた主人は、丁寧にチセの手記を受け取った。
「ありがとうございます。これは村の皆で大切に使います」
「ええ、お願いします」
「それで、トクシン様は最後になんと」
「・・・私のような流れ者を受け入れてくださってありがとうございました、と」
「そうでしたか」
トクシンの遺言を聞き遂げた主人はあふれ出る感情を抑えるために一度うつむいたが、次の瞬間自身も両頬を力強くたたいた。その光景に僕とチセは目を丸くした。
「よし、そういうことならあまりくよくよしてられねぇな、せっかくの旅立ちなんだ、しっかりお見送りさせてもらうぜ」
「いえ、そんな大げさな、何言ってんだいこの村で先生たちの世話にならなかったものなんていねぇんだ」
僕らを置き去りに一人で張り切る主人の暴走を止めることができそうにない。僕とチセはその様子をぽかんと眺めているしかなかった。




