トクシンさんの最後の言葉①
その後チセとトクシンさんは二人きりで過ごすことが多くなった。その間館の管理は僕らに任されたので、日々掃除や食材の確保などをして過ごしていた。
「ご主人様、野生のイノシシを捕まえてまいりました」
「うん、おかえり。ってええ」
あれから驚異的な回復力を見せたヴァルフは今では狩りに出かけれられるほどにまでなっていた。
「そんなに、大きいのをどうやって」
「素手でこう。えいっと」
彼女の話によると、どうやら脳天を二三発殴ったら意識を失ったらしい。
「それでは、向こうでさばいてまいりますね」
「うん、ありがとう」
もし獣人全員がこれくらいのことを朝飯前でやってのけるなら、今はかわいいコチカとクイネでさえ、いずれは・・・なんて怖い想像はこれくらいにして、僕は自身の仕事である薪割りを続けていた。
「ツレヒト様、よろしいでしょうか?」
ふと廊下に現れたチセに呼ばれ、僕は作業の手を止めた。
「いよいよ出立の時が近づいてまいりましたということをお伝えに参りました」
「トクシンさん、いよいよ危ないのですか」
「はい、残された時間はに三日といったところでしょう」
「不安かい?」
「はい・・・ですが父の最後の願いをかなえることが今の私の目標です」
あれだけのことが立て続けにありながらも、むしろ初めて会った時よりも表情が豊かになっている。それを見て僕は改めて目の前のチセという一人の少女の強さに最大の敬意を抱いた。
「強いね、チセは。僕も見習わないと」
「いえ、それほどでもございません。それでは私は父の元に戻ります」
「はい、行ってらっしゃい」
チセが講義に戻り、僕も薪割りを続ける。それが当たり前の日常となりつつあったが、それでも残された時間がわずかであることは全員が分かっていた。そしてその時はあっという間にやってきた。
居間で休んでいた。僕らの元にチセが神妙な面持ちでやってきた。
「皆さまお揃いでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。わが父トクシン様がお呼びですので、どうぞこちらへ」
皆この先で何が起こるのかを薄々理解しているため、誰一人として声を上げることなく部屋に入っていった。
「皆さま・・・ありがとうございます」
あの日以降トクシンさんの部屋には一度も入っていなかった。それは二人の貴重な時間を邪魔してはいけないと思っていたら空というのもあるが、日に日に弱っていく彼を見ることができないという僕の臆病さ故でもあった。
病床に就いている彼は、最初にあったときよりもさらにやせ細っていおり、皮膚にうっすらと骨が透けて見えており、目も半開きの状態で、浅い呼吸を繰り返していた。
「ご存じの通り父の時間は残りわずかです。皆さま思い残すことのないよう。どうかお言葉を」
そう言われても何も言葉が出てこない。言いたいことが沢山ありすぎるが、時間はあまりにも少ないだから何を言えばいいのかすぐに出てこないのだ。だがそんな中ヴァルフがゆっくりと口を開いた。
「今日まで私の身体を癒してくださり、ありがとうございました。あなたにもらった命に誓い、必ずチセさんをお守りいたします」
「それはとても心強い。しかしあなたにはツレヒト様のことをお願いしたい」
「はい、必ずご主人様のこともお守りいたします」
「お医者さん」
続いて口を開いたのはコチカとクイネだった。二人は今にも泣きそうなのを何とかこらえながら、鼻声で話していた。
「二人はとても良い子です。だからチセのよいお友達になってあげてください」
「うん、わかった」
「もう友達」
「そうでしたね」
トクシンは二人の頬に手を置くと、コチカとクイネはその手を優しく握り返した。




