チセの決断
ヴァルフの病室を訪れると、彼女のひざ元でコチカとクイネの二人が眠っていた。
「大分取り乱していましたが、今は落ち着いてこの通りでございます」
「そっか、よかった・・・と言っていいのかな」
「とりあえずはですね。事情はある程度二人から聞いていますがトクシン医師の様子はどうでしたか」
「うん」
僕は昨晩のことと、トクシンさんの寝室でのことをヴァルフに話した。
「なるほど、事情は分かりました。それでご主人様はチセを仲間に加えるおつもりでしょうか」
「・・・うん、いろいろ迷ったけど、彼女をここに置いていけない。それにトクシンの願いを叶えたいとも思ってる。それが僕からあの人にできる恩返しだと思うから」
僕の言葉を聞いてヴァルフは優しく微笑んだ。
「私もご主人様の意見に賛成です、何度か彼女から包帯を変えてもらったりと世話を焼いていただきましたが、彼女は優秀な医師になります。それに子供たちにとっての良き友となるでしょう」
「そうだね。でもチセ本人はここから離れたくないみたいなんだ」
「その気持ちよくわかります。私も故郷を離れ、戦場に来ることに抵抗がなかったわけではありませんでしたから」
「今はトクシンさんが説得してくれているけど、うまくいくかどうか」
「ですが、彼女も覚悟を決めなければいけない時が近づいていると思います」
「わかってはいるけど、残酷だね」
「そうですね」
出会って数日ではあるもののチセの境遇を考えると胸が苦しくなる。それによって重い沈黙が部屋中に立ち込める中、病室の扉がゆっくりと開いた。
「チセ」
そこには瞼を涙で赤くはらしたチセが立っていた。きっとあの後の短い間にいっぱい悩んでいっぱい泣いたのだろう。
「大丈夫」
「ええ、お見苦しい姿をお見せいたしました」
チセは戸を閉めると、僕の前に座り、そして床に頭をつけた。
「奴隷商人ツレヒト様、謹んでお願いに参りました」
「そんな、畏まらないでください。僕はそんな偉い人ではありません」
「私をどうか医療都市オスピターレへ連れて行ってください」
「医療都市?」
「私も実際行ったことはございませんが、聞いた話によりますと、人間の国のなかで最も医術が発展した都市で、最高峰の医療アカデミーがあるところだとか」
初めて聞いた都市の名前だったが、ヴァルフが解説を入れてくれたおかげで何となくイメージが付いた。
「はい、ヴァルフ様がおっしゃっていたアカデミーへの編入ができるよう、トクシン様が推薦状をしたためてくださいました。それを使いオスピターレにてより高度な医術を学びたく思います」
「そっかわかったよ」
僕が返事をしても、チセは頭を下げたままだった。その時ヴァルフの耳がわずかに動いた。
「チセさん、そんな歯をかみしめては唇を切ってしまいます。ここはどうかご主人様のためにも顔を上げてはくださいませんか」
どうやらヴァルフの耳にはチセの歯ぎしりの音が聞こえていたようで、実際顔を上げた時、チセの唇の一部が血で赤く染まっていた。
「手遅れでしたか」
「いえ、すべては私の未熟さ故のこと。それに腹は決めました」
あの短い間に何があったのか僕らは知ることはできないが、少なくともチセがさんざん悩んで決断したに違いなかった。
「ですが、ですが。せめて今少し父のもとで学ばせてください」
チセは初めてトクシンさんのことを父と呼んだ。それはこれまで決して表に出すことがなかった、彼女の本心だった。
「もちろんです」
実際ヴァルフもまだまだ本調子ではないため、今しばらくはここにいる必要があるため、僕らはチセの要望を承諾した。それにこれから仲間となるのだから叶えられる限りは彼女の要望も叶えたい。
こうして残された日々をチセはトクシンさんと共に穏やかに過ごした。




