父として最後の願い
「師匠、それはどういうことですか!?」
「賢いあなたならもうわかっているはずです。私はもうそんなに長くはない」
「そんなことは・・・ここ最近は師匠のお体の調子は良かったはず」
「いいえ、それは違います。あなたにいらぬ気を遣わせぬよう、薬の時間を調整していました」
「・・・」
ここまで激しく感情を表に出すチセは初めて見た。それほどまでにチセにとってトクシンさんは大切な人なのだろう。
「そうだ、ツレヒト様のお力でどうにかならないでしょうか?」
「いいえチセ、それは不可能です。確かにツレヒト様のお力は素晴らしいもの、だがまだまだ発展途上、私の病気を治せるほど強力ではありません。それに私はすでに己の運命を受け入れている。ゆえにツレヒト様の力は私に対しては働かないでしょう」
「そうなのですか、ツレヒト様」
確かに僕の力は僕と相手の意思を一つにする必要がある。ゆえに僕が病気を治したいと思っていてもトクシンさんがそう願っていないなら、おそらくは僕の力は働かない。
「・・・おそらくはそう思います」
「はぁ」
チセは深く嘆きのため息をつき下を向いた。
「私はどこにも行きません。先生の意思を継ぎ、私がここを守っていきます」
「チセ、それは許しません」
「どうして、捨て子だったであろう私を拾ってここまで育ててくださった、その恩を返すことの何がいけないのですか」
「そうではありません」
いきなりしゃべったせいかトクシンさんは急にせき込みだした。慌てて近くに置いてあった湯呑の水を飲ませると、彼の咳は落ち着いた。
「チセ、あなたはまだ若い、なのでこんな山奥だけでなく、ここを降り世界を見てほしいのです。そうすることで得られる学びもある」
「嫌です・・・師匠、ずっとそばにいてください」
「ええ、あなたの気持ちはよくわかります。私もできることならあなたの成長をもっと見ていたい。ですがそれは叶わぬことなのです。わかりますね」
「・・・」
「ツレヒト様、改めてお願いします。どうかチセを連れて行ってはいただけませんか。旅のお供に医師は必要不可欠なもの、必ずやあなた様のお役に立つでしょう」
そのような重要なことを僕が決めていいのだろうか。だが決断できるのも僕だけだ。そしてこの場で覚悟が決まっていないのは僕だけだ。トクシンさんはおそらく僕らが来るよりも前からこの状況を見据えて、訪れる人を見定めていたに違いない。そして僕はトクシンさんのお眼鏡にかなった。それにもしここにチセ一人を残したら、とてもではないが、チセの姿を見て立派な医師だと思う者はいないだろう。純粋に子供が一人で山奥で暮らしているとしか思えない。その現場をもし悪しき心を持つ人が見たら、チセがどうなるか容易に想像できた。
「・・・わかりました。僕らは構いません。しかしあくまでチセさんの意思を尊重したいです。なので彼女がどうしてもというのであれば、僕は無理強いは致しません」
「ええ、それで構いません」
本当は確約してほしかったのだろう。だがたかだか18の僕が一人の人の人生を大きく変えたとしてその責任を負いきれる気がしなかった。
「それでは、一度チセと二人だけにしてください」
「わかりました。それでは子供たちと一緒にヴァルフのところにいます」
「ええ、そうしてあげてください」
僕が部屋を後にしてからしばらくしたのち、チセのものと思われる泣き声が聞こえてきた。




