トクシンの秘密、そして重大なお願い
その後夕方まで、おとなしく過ごし、夕食を食べたのち子供たちは眠りについた。しかし僕だけは、トイレのために目を覚ました。一応この屋敷の構造は大体頭に入ったが、それでも時折迷ってしまう。それに山奥かつ明かりらしい明かりはないので、登山の際に持ってきたランタンを頼りに家の中を進んでいた時だった。
突如大きな物音がしたので、その方向に急いで向かってみると、廊下の一角でトクシンさんが倒れていた。
「トクシンさん、大丈夫ですか」
「ツレヒト様ですか、申し訳ございません。こんなお見苦しいところを見せてしまい」
「いえ、僕は構いませんが、それよりも大丈夫ですか」
「正直、あまり芳しくはありませんね。どうか、そこに落ちている薬を飲ませてはいただけませんか」
あたりを見渡すと、確かに小さな薬包が一つ廊下に転がっていた。僕はそれを拾い上げると封を切った。その途端あたり一帯に強烈な薬草の匂いが漂う。それは長く嗅ぎ続けるとたとえそれが体に良いものであっても、吐き出してしまいそうな強烈なものだったが、僕は何とかこらえトクシンさんにそれを飲ませた。
「ふぅ~助かりました」
「ほんとに大丈夫ですか?」
「ええ、薬が効いて今は大変落ち着いております」
「しかしあれは何の薬なんでしょうか?」
先ほど彼に呑ませたそれはあまりにも強く印象に残ってしまい、僕はつい尋ねてしまった。
「・・・見られてしまった以上は仕方がありませんね」
それまでは終始穏やかな人という印象だったトクシンさんからその面影が消えた。
「おっしゃりたくないなら無理には」
「いえ、これも天の思し召しなのかもしれません。どうやら私も腹をくくる時期が来たのかもしれません。ついて来てください。すべてをお話します」
彼は僕が来た方向へとゆっくりと歩き出した。
「あ、あの」
「はい」
「先にお手洗いに行ってもいいですか」
「・・・あっ、そうでしたか、どうぞどうぞ」
また迷っても嫌なので、トクシンさんに案内してもらって、お手洗いを済ませたのち、彼と二人で縁側に腰かけた。縁側は屋敷の中とは違い、月明かりがはっきりと入ってくるおかげで明りがなくともトクシンさんの表情がよく見えた。
「いきなりで申し訳ございませんが、私は今病に冒されています。ですがご安心ください。人に感染することはない病気ですので」
「そうだったんですね」
「ええ、おかげで一日数回あの劇薬を飲まなければ立っていることすらできないといった有様です。ですがこの山にはあの薬の材料となる薬草が沢山生えているので、それで何とか今まで生をつないできたわけでございます。
「その病気は治せないものなのですか」
「ええ、今の医術では不可能です」
「そう・・・なんですね」
「正直私の身体があと十年もてば可能性はあったかもしれませんが、それは不可能でしょう」
僕は何も返せなかった。仮に僕の力がヴァルフの身体を一瞬で回復させるほど強力なものなら一時的にトクシンさんと隷属契約を結び、その力でもって回復させることもできたのかもしれないが、僕の力はそれほど強力ではない。
「このことはチセさんは」
「もちろん知っています。ですが話題に上げないようにしています。あの子はひどく真面目な子ですから。自分には何もできないと、悲しい顔をしてしまう。私としては食事を用意してくれたり、治療や薬の調合を手伝ってくれるだけでも、十分すぎるほどにありがたいのですが」
「確かに、あの年でそこまでできる子なんて、僕の周りにはいませんでした」
「そうでしょう、あの子はすごい子なんです」
トクシンさんはゆっくりと月を見上げると、久しぶりに優しい笑みを見せた。
「ところで、奴隷商人様」
「ああ、そうか、はい」
「あの子を、チセをこの山から連れ出してはくださいませんか」
「えっ!?」
あまりにも突然のことに僕は開いた口がふさがらなかった。




