安堵と焦燥の狭間で
ヴァルフが運ばれたのち、僕は小屋の縁側でお茶を飲んでいた。それはここの主である男性が、疲れているであろう僕を気遣って出してくれたものだ。だがこうしている間にもヴァルフの症状は悪化しているのではないかと思うと、いまいちお茶が進まない。
「お待たせしました」
やがて小屋の中から先ほどの男性が出てきた。ここに来たときは体力の限界が来ていたため、きちんと顔を見ることができなかったが、見たところ50代くらいの優しい雰囲気の男性で、糸のように細い眼と、小さな丸メガネをかけていた。
「お連れ様の処置が終わりました」
「それでヴァルフは」
「ひどい怪我ですが、命に別状はありません。それもこれもここに来るまでの応急処置がよかったからです。あれは誰が?」
「・・・えっと僕が」
「なるほど、あなたのような人に仕えることができて彼女は幸運でしたね」
夏休みの際、どうせ家にいたくなくて、無理やり学校の応急手当の講習を受けに行っていた経験がこんなところで活きるなんて想定外だが、それでもうまくいっていたならうれしい。
「話を続けます。命に別状はございませんが、すぐに動けるような怪我ではありません。なので、数日はここにとどまってもらう必要がありますが、構いませんか」
「ええ、問題ございません」
「わかりました。では皆様が寝泊まりするための場所を用意しましょう」
「あ、あの。何かできることがあればお手伝いします」
「それはありがたい、なにせ年を取りすぎてしまって、どうにも最近体が思ったように動かないのです」
本当に50代くらいないら、日本の常識で考えるならまだまだ中年と言ったところだが、こっちの世界では十分の隠居を考える年ごろなのだろう。その証拠に目の前の男性の動きはひどくゆっくりとしている。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はトクシンと申します。見て通りしがない医者でございます」
「僕はツレヒトです。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
人通り事項紹介を終えた僕はトクシンさんに連れられ、宿泊用の客間へと案内された。
そこではすでに子供たちが待機していたが、やはりヴァルフの様子が心配なのかずっと落ち着きがない。
「あなた方のお姉さんは大丈夫ですよ」
「でも」
「包帯いっぱい」
「そうですね。すぐに元気になることはありませんが、それでも必ず二人のもとに帰ってきますよ」
どうやらトクシンさんは子供の扱いにも慣れているようで、彼の言葉を聞いた二人はすぐさまその場に座り込みじっと動かなくなった。だがそれよりも僕が気になったのは、彼がこの世界に来て初めてみた、獣人に対し偏見を持たない人間ということだった。
「獣人と、話をしたことがあるのですか」
「ええ、何度か。最もここまで本格的に治療をしたのは初めてですが」
「本格的なとはいったいどういう意味ですか」
「何度かあなた様と同じ奴隷商人や、奴隷として獣人を買われた貴族の方々が私の元を訪ねてくることはありました。その時の獣人の皆さまはひどく衰弱していたり、風邪や感染症を拗らせていても働いていたりと、見ていられなかったので、何度かこっそり薬を渡したことがあります」
「そうなんですね!!」
今この会話を持って僕はこの目の前のトクシンさんと医師が本当に心の底からの善人であることを確信した。
「さて、そろそろ私は患者の様子を見に戻りますね。あとのことは弟子にお尋ねください」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
いろいろと聞きたいことはあったが、ひとまず僕はコチカとクイネの元へ行くことにした。




