残された三分間
「だったら、おい奴隷商人お前ならこの病気の治し方知ってるんじゃないのか」
「いいや、僕もそんな病気見たことないよ」
「なんだって」
「チセ、今日のところは延命処置をして一度引き上げよう。そしてあの病気を生み出した外界人を見つけて」
「いいえ、それも不可能です。医学書によるとその外界人が毒樹病の第一の罹患者ですが、その彼は父が生まれた時にはすでに死んでいます。肉体も完全に焼き払われてもう灰すら残っていません」
「当時の人たちはどうしてそんなことを」
「わかりませんが、おそらくは医術が未発達の時代、呪いの類だと思ったのでしょう」
「くっ、ここまで来て、畜生!!」
リースは乱暴に壁を殴りつけると、荒い息遣いを何とか落ち着かせようとする。だがそれもすぐに失敗し、代わりに大粒の涙を流し始めた。
「クソ、私がもっと早くここにきていれば」
「リース君のせいでは」
「黙れ、慰めごと言うくらいなら治す方法を考えろ」
リースは僕の胸倉をつかみながら、泣き叫んだ。彼女の苦しみに対し、僕は一切何もできずただともにうなだれるしかなかった。
「・・・・リース・・・あなたなの」
それは声というにはあまりにもか細く、吐息と言われれば誰もがそうだと納得するほど、弱い声だった。
「母さん」
リースは僕を投げ捨てると、母親のもとに駆け寄った。
「・・・どうして」
「母さん、助けに来たよ」
「・・・」
「母さん」
涙ながらに母親の手元に駆け込むリースを見て彼女はわずかに目を開き、そこに映るのが自分の娘であると改めて確認した。
「・・あ・・・な・・・を・・・あ」
「なんだよ、何を言って」
呼吸が弱く、声が上手く出せない。でも何かを伝えようとしている。その様子を見てチセは自らのカバンに手を入れ一本の注射を取り出した。
「リースさん、落ち着いて聞いてください。これは投与した人間の治癒力を一時的に高める薬です。これを使えば少しの間ですが、お母様と会話できるようになります」
「なら、それを使って」
「ですが、これは直すための薬ではありません。痛みや苦しみなどを取り除く代わりに効果が切れると多大な負荷が体を襲います。おそらく今のお母さまの状態を見るに、負荷には耐えられず命を落とすでしょう」
それはかつてトクシンが命の瀬戸際に使用し、それを以てチセに自らの技術を相伝するのに使った薬だった。
「いやだ、私は母さんを助けるんだ」
「しかしながら、現代の医術ではお母様を救えません」
「それを何とかするのがお前ら医者だろ・・・」
リースの言葉を遮ったのは、彼女の母親の優しい掌だった。無数の腫瘍に侵されながら、彼女の愛は損なわれることなく、娘のリースに伝播した。
「お・・・ねが・・・い、こと・・・ば・・・を」
チセは患者の真意を聞き取ると、注射のふたを外した。
「いいですか、もって3分です。どうか悔いの残らぬように」
チセもまた涙ながらに注射器を無事な腕に近づける。これを使うということは自らの未熟さの証明であり、そこに救えない命があったと認めることであり、そして医師として守るべき命を諦めるということでもあった。当然そこに何も感じないほど、チセは半端者ではなかった。
「それではいきます」
チセが注射針を刺し、中身をリースの母親に流し込む、彼女は一度大きな咳をしたのち、穏やかに呼吸し始めた。




