謎の病毒樹病について
「リース何を」
あまりにも一瞬の出来事に僕とチセは一切身動きが取れずにいた。
「何ってこいつがいたら面倒だろ、それにこいつはあたしの顔を知ってる」
リースはそう言うとかぶっていたローブを乱暴に脱いだ。
「どういうこと」
「こいつ私が脱走した時にもあのデブの横にいた」
「ということは」
「ああ、おそらく私らの計画は向こうにばれてる。幸いあの扉が分厚いおかげで中で何が起こっているかまでは分からねぇみたいだけどな」
リースはナイフについた血を払うと鞘にしまった。
「それよりも・・・あれが私の母さんなのか」
リースは抑え切れない衝動のままに駆け出すと、目のまえの女性に近づいた。そして身を乗り出して顔を確認すると、恐る恐るその頬に手を触れようとした。僕らはその様子からついに彼女の努力が報われるのかと思い、治療のことなど忘れて、共に涙を流しそうになっていた。
「間違いない。この瞳、母さんだ。私のお母さんだ」
リースは感動のあまり涙を流しながら彼女に抱き着こうとした、その時だった。
「リースさん、危ない」
チセが彼女のローブをつかみ強引に後ろに引いた。無理やり引っ張られたリースはそのまま床にしりもちをついた。だがそれと同時に彼女の母親の顔から紫色の煙が噴き出した。
「なにすんだよ」
「あれが見えないのですか」
チセはこれまでで見たことがないほど激しい剣幕でリースを叱りつけた。確かに人体から紫色のガスが出るなんてありえないことだが、素人の僕にはそれが本当にそこまで怒るほどのことなのかまでは分からなかった。
「なんなんだよあれ」
チセは返答をしないまま、慎重にリースの母親のもとに近づくと改めて、その顔を凝視した。リースは残された母親らしい部分を見ることで必死になっていたので、気が付かなかった彼女の右目からは紫色のゴム風船のようなものが生えており、それがまるで呼吸するかのように絶えず膨張と伸縮を繰り返していた。リースはチセに投げ飛ばされたことで冷静になり、改めて自身の母親の現状を確かめることができた。
「おい、なんなんだよこれ・・・」
「これは・・・」
「答えろよチセ」
だがそれでもチセは答えることなく、今度は布団をはがし、全身をあらわにした。リースの母親は真っ白な一枚布でできた着物のような服を着せられているが、その体のあちこちに右目と同様に紫色の腫瘍が確認できた。
「なんだよこりゃあ・・・」
「・・・」
流石の僕もこの異様な光景に言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。だがそんな中でもリースはチセに縋りついた。
「おい、チセお前医者なんだろ。はやく治療してくれよ。母さんを助けてくれよ」
「・・・」
「おい聞いてんのか、チセ、おい」
「不可能です」
チセは振り絞るような声で叫んだ。その一言が部屋全体に響き渡り、そしてゆっくりと僕らの脳内へと入っていく。そしてそれを噛み砕き意味を理解するまでに10秒の時間を要した。
「無理って、どういうことだよ」
「この紫の腫瘍は、毒樹病の症状です」
「毒樹病?」
「はい、最初は風邪と同様にくしゃみや鼻水と言った症状なのですが、次第に体のどこかが紫色に腫れて、そしてこのようにガスを出すようになります。症状が初期であれば、腫瘍ができた場所にある菌根を手術で取り除けば、治すことは出来ると理論上ではされています。ですが腫瘍が全身に広がってしまった場合、今の医学の技術では菌根を見つけ出すことは困難です」
「困難ってことは難しいだけでできないことはないんだろう」
「はい、理論上は可能です」
「なんだよ、さっきから理論上って。私は治せるか治せないのかって聞いてんだよ」
「治せません。こうなってしまった以上菌根を探すには体を細かく解体するほかありません」
「なんだよそれ」
体を細かく刻まれた状態で生きていられるわけがない。だから理論上は可能だとチセは言ったのだ。
「そうだ、なら薬はどうなんだよ。ここにいるやつらの金使って材料を集めれば」
「それも不可能です。現在この病に対し効果のある薬は開発されていません」
「なんで、そんな」
確かにこの世界には医療大学やそれ専門に街まであるにもかかわらず、ここまで手の打ちようのない病気があるなんて、いくら何でも不自然すぎる気がしなくもない。だが実際はあっちの世界でも不治の病という物はある。それと同じことだと僕は思っていた。
「これは亡父トクシン様がオスピターレにいた際に聞いた話なのですが、この毒樹病はツレヒト様と同じ外界人が持ち込んだ病なのだそうです」




