説得するべき人
「私は御主人の考えたこの作戦を支持します」
チセははっきりとそう告げた。そのことに当然ながらヴァルフは動揺した。
「どうしてです。チセ!!」
「確かにヴァルフさんのおっしゃりたいことも理解できます。これはあくまで私がこの街でそこそこ名の知れた医者であるからこそ成立する作戦です。そしてそれを餌にリースさんのお母さんを連れ出そうとしている。そのことも理解しています」
「ならどうして」
「医術とは・・・所詮はただの技術です。ヴァルフさんの槍や、リースさんの解体術、それらと同じただの技術です。私はたしかにこの世で最も偉大な師、そして父の下で医術を学んだと自負しています。しかし医者にとって真に大切なことは、術式の数でも扱える薬の数でもない。何よりも相手を思い、そして救いたいと尽くす心なのです。そして医術は、それをなすためのものにすぎません。ですから私がそうしてこの街で得られた肩書もまた同じものだと考えています。ですからこの私の肩書を使って、リースさんとそのお母様を救えるのなら、大いに利用していただいて構いません」
チセの言葉は皆の心を深く打った。そうして誰もが今や目の前の幼い少女に反論できなくなっていた。
「ですから御主人、あなたは一切迷うことなくこの作戦を実行してください」
「でも、チセ、設備の問題が」
「ええわかっています。ですが先ほどのお二人の喧嘩を見て思い出しました。設備がどうだの言い訳する前にまずは全力を尽くすべきだと、なので最悪あちら側の設備を使わせてもらう必要があるかもしれません。そこで直せるところまで直したのちは・・・医学的根拠に基づき、リースさんのお母さんを連れ出します」
「・・・いいんだねチセ」
「はい、覚悟は決まりました。しかし御主人様」
「なんだい」
「まだ説得しなければいけない相手がいるのではありませんか」
そう言ってチセはヴァルフさんを指さした。そこではチセの言葉に一切反論できず、でも状況を受け入れられない。その二つの狭間でしおれるヴァルフがいた。
「ヴァルフ・・・」
「はい」
「確かに僕は間違っていたのかもしれない。チセのことを良いように利用しようとしていたのかもしれない。でも僕はできるだけみんなが危険な目に遭わないようにしたい」
「ええ、わかっています。わかっていますとも、あなた様がそのようなお優しい方であることは私も重々承知しております。でも・・・」
「今回の件、ヴァルフの言う通り悪いのは僕だ。僕にもっと力があれば、何か別のやり方があったのかもしれない。でもそれができないんだ。許してほしい」
「・・・私は、なにかひどい勘違いをしていました。チセのことをコチカとクイネと同じ守るべき子供だと思っていました。でも違った。チセは私よりもずっと、たくましく、そして優秀な人材です。ご主人様はそれをわかっておられた。私は何も見えていなかったそうですね?」
「いいや違うんだ。僕はいい気になっていただけなんだ。前の世界では何もできなくて、こっちに来てようやく誰かの役に立てると、浮かれてただけなんだ。だからこうして今のチセの覚悟に救われたんだ」
「ご主人様・・・」
「ヴァルフ、チセ、ありがとう。二人がいなかったら、僕はまたしても道を間違えるところだったよ」
僕は深々と頭を下げた。謝ってどうにかなることじゃないかもしれないが、それでも道を誤った者として、再び自らが正しい道を進めるよう、二人には誠意を見せるべきだと思った。
「ご主人様、最後に一つ確認させてください」
「なんだいヴァルフ」
「ご主人様は我々をどう思っておいでなのですか」
「君たちは全員、僕の大切な仲間だ。だからみんなが僕と一緒にいて幸せだと思ってもらえるよう尽くすことが僕の使命だと思っている」
新しい世界に来て、新しい自分になって好き勝手にやりたいと思うこともある。でもその気持ちに従い、自ら選択した結果が、皆のためにできることをしたいという、綺麗ごとのような願いなのだ。
「使命だなんて、おっしゃらないでください。私たちを故郷に帰した後もご主人様の人生は続くのですから」
「それでも今は目の前にいる皆に集中したい」
「その気持ちに嘘偽りがないことなんて、わかっていたはずなのに」
ヴァルフはツレヒトの性格を知りながらも、表面上の言葉だけで彼を疑ってしまった自らを恥じた。




