戦いの火ぶたと鎮静の火種
「ご主人様には悪いですが、私はその作戦に反対です」
「えっ」
ここまでずっと僕の方針には信頼の名のもとに従ってきてくれたはずのヴァルフに反対されたことで僕は分かりやすいほどに動揺した。
「確かにご主人様の作戦は理にかなっています。武力行使で連れ出すよりはるかに成功しやすいでしょう。ですがそれはトクシンさんとの約束を違えることになりませんか」
「おい、トクシンってだれだよ」
「チセの父親だよ。僕は彼からチセに世界を見せてほしいっていう願いと共に彼女を託されたんだ」
「へー、そっか」
一瞬話が逸れたが、僕は改めてヴァルフと向き合った。その時の彼女はこれまでのどんな時よりも複雑な顔をしていた。確かにこの作戦は最も安全で、最も成功しやすいだろう。だが同時にチセの名声を利用することになる。ヴァルフはそれが赦せないのだ。
「我々は、チセに世界の広さを知ってもらうために、チセを学園に連れていくために彼女を仲間にしたのです。ですがこの作戦はそんなトクシンさんの願いを踏みにじり、チセの技術をいいように使っている、そのようにしか思えません」
「・・・」
盲点だった。僕としては最高のアイデアのつもりだった。誰一人怪我することなく、危険な目に遭うことなくことが済むのだからそれでいいと思っていた。だが僕がしようとしているのは、チセという人物を、彼女が積み上げてきたものを、すべて無視し作戦のために道具として使うことに他ならなかった。それではまるであいつと同じじゃないか、僕の人生を自らの利益のために利用しようとしてきたあの母親と同じじゃないか、そう思うとなんだか急に僕は苦しい気分になってきた。
「そんなこと知るかよ・・・」
そんな中今度はリースが口を開いた。
「なんですって」
「きれいごと言ってんじゃねぇよ。お前らの夢だの理想だの、旅の目的だの知ったこっちゃねぇよ。私はただ帰りたいんだよ。なんでもねぇあの頃に母さんがいて、狩りをして、ご飯食べて、眠って、そんな日々に帰りたいだけなんだよ。なのにここまで来てどうして、そんなきれいごとのせいで邪魔されなきゃいけねぇんだよ」
リースはナイフを抜くと、ヴァルフに斬りかかった。とっさのことであったが、ヴァルフはすぐ近くにあった、木箱のふたを盾代わりにして攻撃を防いだ。
「あと、もう少しなんだろ。手を伸ばせば届くところにいるんだろ。だったら誰にも邪魔はさせねぇよ。邪魔するんならお前を殺してでも、こいつの作戦とやらを進めてやる」
「私は皆を守ると決めている。あなたとは敵対したくありませんが、それでもご主人様には道を踏み外してほしくないのです。ツレヒト様は他の奴隷商人とは違う、だから私は付き従っている、それなのに」
「だからそんなこと私に言ってどうすんだってんだよ」
二人の激しい攻防で馬車の床は外れそうなほど、揺れていた。僕ですら座っているのがやっとというほどの衝撃だったが、そんな中チセは何とか骨組みを支えにして、その場に立っていた。そしてその足は一歩ずつヴァルフとリースに近づいて行っていた。
「チセ、危ないからこっちに来るんだ。チセ」
「ご主人様お気遣いありがとうございます。ですが今はあの二人を止めることが先決」
チセはカバンから緑の草を少しだけ取り出すと、迷うことなくそれに火をつけた。




