旅を始める前にやっておくこと
翌朝、僕はすがすがしい気分で目を覚ました。
「おはようございます。ツレヒト様」
「おはようヴァルフ」
あれからひたすらに敬語禁止に慣れる練習をしたので、今朝はごく事前に挨拶することができた。
「近くに小川がありましたので、水を汲んできました。どうぞ」
「ありがとう」
ヴァルフが組んでくれた水で顔を洗うと眠気が一気に吹き飛び目がさえわたった。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよ、ご主人」
「二人ともおはよう」
まだコチカとクイネの二人はいまだに僕のことを警戒しているようで、いまだにヴァルフの背後より前に出てこようとしない。
「さあ、朝食にしましょう」
昨日のスープは綺麗に完食してしまったので、今日の朝食は硬そうなパンにチーズをのせた物となった。
ヴァルフに教えてもらいながらコチカとクイネは楽しそうに焚火でチーズをあぶり溶かしていた。その様子はとても微笑ましいが、あまり見ていては怪しまれそうなので、パンを切り分ける係りを買って出た。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「ありがと~」
口調だけで見ればコチカのほうは打ち解けているようにも思えるが、もともとそういう話し方なので、実際のところどうかわからない。それに昨日奴隷を見るのを避けるために、少々乱暴に馬車を運転したせいで、ひどく怖がられていることも溝を広げる要因にもなっている。
「ご主人様、本日はどうなさいますか」
そんな中ヴァルフだけが僕に気を使って話しかけてくれた
「まずは、進行方法を決めないといけない、から地図ってあったっけ」
「はい、馬車の荷台の中に」
「そっか」
「あ、あの」
会話を続ける僕らの間にコチカが割って入ろうとした。
「どうしたの」
「これから、どこにいくのです?」
これからのことはある程度昨晩ヴァルフと話したけど、まだこの二人には何も話していなかった。
「細かい部分はまだわからないけど、二人をおうちに帰したいってるんだ」
それを聞いた二人は手に持っていた食事を同時に落とした
「おうちに帰れるのです?」
「帰宅」
「うん、いつになるのか、はっきりとは言えないけど、二人の家を目指して進んでいくよ」
ヴァルフの話だとここは人間の経済圏のど真ん中のようで、ヴァルフ達獣人たちの生存圏まではかなり距離があるらしいが、それでも僕たちはそこを目指し歩んでいくことを決めたことを二人に伝えると二人の瞳は次第にうるうるしだした。
「帰れるのです」
「よっかったね~」
「コチカも帰るの」
「そっか~」
本当に事の意味が理解できているのかわからない口調ではあるが、瞳は素直なようで、感動で泣きそうになっているのを隠しきれていない。
「二人とも、ご飯がこぼれていますよ。ご主人様から恵んでいただいたもの、パンの一欠片たりとも無駄にすることは許しませんよ」
「「はい」」
どうやら本当にヴァルフが二人の保護者の代わりをしていた。だがその口調は決して厳しいだけのものではなく、確かに愛情を感じられるようなものであった。
「とりあえずは細かい話は食事の後にしよう、おなかすいてるでしょ」
まだまだ話さなければならないことは山のようにあるのでそれらを穏便に行うためにまずは食事を済ませることにした。先ほどはほとんどおびえながらちびちびと食べていたのに、今では硬いパンに豪快にかじりついている。ちなみに僕は日本の柔らかいパンに慣れ切っていたせいで、かみ砕くのにひどく苦戦した。
だが結局は朝食は四人ともひどく大満足な結果に終わったみたいで、重要な話をする前にわだかまりがいくらか解消できた方でよかった。
「えっと、皆さんを故郷に送り届けるというところまではさきほどお伝えしましたが、まだどこを目指せばよいのかわかりません」
「クイネとコチカは近所なのです」
「なるほど」
つまりはこの二人は同じ国、ある意味は街の生まれということだ。これで三つあった行先が二つになった。
「私の村は大分山奥にあります。しかし人間の国の地理には疎く、申し訳ございません」
「いや、いいよ。都度地図を手に入れていけばなんとかなる・・・はず」
「それは、なんとも頼もしい」
ほのかに言葉を濁したことには触れてくれなかったおかげで勝手に僕の株が上がっているような気がする。
「でも、出発の前に・・・気は進まないけどやっておくことがあります」
「それは」
「なあに」
「皆さんとの、奴隷契約です」
どうしてこのような結論に至ったのか、話は昨晩ヴァルフの説得成功した後にさかのぼる




